映画『TOVE/トーベ』をもっと楽しむために

本日10月1日、映画『TOVE/トーベ』がついに日本公開!フィンランドの伝統ある映画賞JUSSI-GAALA(ユッシ賞)を7部門受賞するなど前評判も上々、待ちに待った日がついに!
上映館、スケジュール などの最新情報は映画『TOVE/トーベ』オフィシャルサイト  でご確認を。感想を投稿するとレアアイテムが当たる「映画『TOVE/トーベ』を鑑賞しよう!キャンペーン」も始まりましたよ。

今回のブログ「ムーミン春夏秋冬」は、ムーミンファン目線でピックアップしたポイントを織りまぜつつ、ムーミンは好きでも原作者には詳しくなかった方や、映画きっかけでムーミンに興味を持ってムーミン公式サイトを訪れてくれた方たちのために、映画『TOVE/トーベ』がもっともっと楽しめるような基礎知識&小ネタを時間軸に沿ってご紹介したいと思います。
シンプルでわかりやすい年表は「ムーミンの歴史」、トーベについては「トーベ・ヤンソンについて」もご参照ください。

実在の人物を描いた映画ですから、ネタバレということもないのですけれど、観るまではまっさらな気持ちでいたいという場合は、まずはとにかく映画館へ。映画を観る→ブログを読む→関連書籍を読む→またもう一回映画を観る、というのが理想です!

その前に、前提として。

日本のムーミンファンの多くがトーベさんに抱いているイメージは、白髪のほっそりとした優しいおばあさん、という感じではないでしょうか。それこそムーミン谷に住んでいそうな、わたしたちの大好きなムーミンたちを生み出してくれたまるで雲の上の太陽みたいな存在。
ところが、アルマ・ポウスティ扮する若き日のトーベは繊細でありつつも驚くほどエネルギッシュかつ情熱的で、創作や古い価値観、恋愛に体当たりで挑んでいきます。恋した相手はスナフキンのモデルのひとりといわれるアトス・ヴィルタネンと、ビフスランのモデルになったヴィヴィカ・バンドラー。ふたりの恋人の間で揺れ動く姿に、深く共感する人もいれば、ちょっとびっくりしてしまう人もいるかもしれません。

『TOVE/トーベ』は、生前のトーベを知る人々から絶賛されていますが、姪であり、ムーミンキャラクターズ社クリエイティブディレクター兼会長のソフィア・ヤンソン「本作はドキュメンタリーではなく劇映画であるという点は理解して欲しい」と語りました。
そう、この映画はトーベの人生の一部分を脚色して描いたフィクションです。ムーミン誕生秘話にワクワクする反面、複雑な気持ちになってしまうような場面ももしかしたら出てくるかもしれません。でも、背景を知って新たに見えてくるもの、より深く理解できるようになることもあると思うのです。

例えば、小説『たのしいムーミン一家』の裁判の場面で、スノークがトフスランとビフスランについて述べる「あの子たちは、そのように生まれついているのだから、どうしようもない」(講談社刊/山室静訳/畑中麻紀翻訳編集より引用)という言葉。ふたりが旅行かばんに隠したルビーのことを「トフスランとビフスランは、それを世界一美しいものだと考えておりますが、モランは世界一ねだんの高いものと思っているとのことでございます」(同)というヘムレンさんの言葉。
なぜトフスランとビフスランはモランの所有物だったルビーを自分たちのものだと言い張るんだろう?と疑問に感じたことはないでしょうか。ルビーが愛のメタファーで、モランはそれを脅かす存在だと考えると、すっと腑に落ちるような気がします。前置きが長くなりました。

映画『TOVE/トーベ』で描かれているのは1944年前後から1960年代の初め頃まで。
トーベは1914年生まれですから、主に30代から40代半ばまでの出来事が中心です。

映画の冒頭、1944年、防空壕のなかでトーベがデッサンをしているのは『小さなトロールと大きな洪水』の挿絵。瓦礫の散らばる街を歩くトーベの姿に重なるナレーションも、同作からの引用です。
トーベがこの作品に着手した1939年は、第二次世界大戦が勃発し、ソ連軍がフィンランドへの侵攻を開始した年でした。書きかけのまま放置されていた原稿は、1945年、アトスのアドバイスで書き上げられ、出版。しかし、終戦の喜びに沸きつつも、まだ生活の苦しい混乱期、書店ではなく駅の売店で売られた薄い冊子のような本はさほど話題を呼ぶこともなく、そのまま長い間、絶版になってしまいます。

再び日の目を見たのはムーミン人気が不動のものとなった1991年。表紙や挿絵を見てもわかるように、ムーミントロールやムーミンママの姿は今と違って鼻が長く、設定もその後の作品とは多少違います。トーベは修正を試みましたが、結局、初版の勢いそのまま、序文を添えて復刊することになりました。
日本では、復刊の翌年1992年に冨原眞弓氏の翻訳で出版され、現在は新版で読むことができます。記念すべきムーミンシリーズ第一作であり、トーベの若々しい筆致が伝わる『小さなトロールと大きな洪水』、未読の方はぜひ手に取ってみてください。

映画の作中、何年にどの本が出版されたかという事実は明示されないものの、挿絵とナレーションで表現されているのが、『ムーミン谷の彗星』の原型となった『彗星追跡』『たのしいムーミン一家』。ここまでの3作を読んでおくと、映画がより楽しめるかもしれません。
小説第2作『彗星追跡』は、『小さなトロールと大きな洪水』の翌年、1946年出版。ヴィヴィカがこっそりとトーベの本棚から抜き出して、持っていった本です。


同作は1956年に『彗星を追うムーミントロール』、1968年に『ムーミン谷の彗星』(原題『彗星せまる』)として大幅に改訂されています。
映画に出てくる、スノークのおじょうさんムーミントロールにメダルをプレゼントするシーンの挿絵、実はあれは改訂後のもの。当時の版ではメダルについているのはリボンではなく安全ピンでした。ムーミントロールはふだん服を着ていませんから、ピンよりリボンのほうがお肌に優しいですよね(笑)。

1947~48年にアトスの誘いで、彼が編集長を務めるスウェーデン語系の新聞『ニィ・ティド』紙にムーミン・コミックス「ムーミントロールと地球の終わり」を連載。ムーミンがコミックス(連載漫画)という形になったのはこれが最初です。
うれしいことにこの作品はムーミン・コミックス第14巻『ひとりぼっちのムーミン』で読むことができます。

1948年、小説第3作『たのしいムーミン一家』出版
1950年、ムーミンシリーズのなかで初めて英訳、出版されたことがきっかけになって、イギリスでもムーミン人気に火がつき、夕刊紙『イヴニング・ニューズ』でのムーミン・コミックス連載へとつながっていきます。

映画『TOVE/トーベ』より

1949年には初のムーミン劇『ムーミントロールと彗星』上演。実際の写真と比べてみると、映画の再現度に驚かされますね。
このお芝居の存在はあまり詳しく知られていないので、ムーミンファンにとっては映画の見どころのひとつといえるかもしれません。

1949年当時の写真

 

1950年、小説第4作『ムーミンパパの手柄話』出版(1968年改稿、現在の『ムーミンパパの思い出』に)。

1952年、ムーミンシリーズ初の絵本『それから どうなるの?』出版
同年、映画でも描写されているようにイギリスの大手夕刊紙『イヴニング・ニューズ』と契約を結び、1954年からムーミン・コミックス連載がスタートします。

ちょうど今、ムーミン・コミックスのすべてがわかる『ムーミンコミックス展』名古屋市博物館で開催中。会期は11月14日までで、その後、全国巡回予定です。名古屋近郊の方は映画とハシゴするのもいいですね。

1954年、小説第5作『ムーミン谷の夏まつり』出版
劇場やムーミンパパがお芝居を書く様子など、ムーミン劇の上演に着想を得た作品だということが、映画を見ると実感できます。同作はヴィヴィカに捧げられており、劇場の主エンマは彼女をモデルにしたキャラクターだそうです。

 

そして、1955年、トーベが生涯を共にすることになるトゥーリッキ・ピエティラとの出会い

1957年、コミックス執筆に疲れ果てていたトーベはトゥーリッキの助言を得て、小説第6作『ムーミン谷の冬』を完成させます。トゥーリッキをモデルにしたキャラクター、トゥーティッキ(おしゃまさん)は同作で初登場。

映画の構成上、このあたりの前後関係はアレンジされているようで、長く確執のあった父ヴィクトルが亡くなったのは実際には1958年のことです。

そういえば、1946年頃のトーベとヴィヴィカの会話に「ミムラねえさん」という名前が出てきます。しかし、ミムラねえさんが小説に初めて登場するのは1950年の『ムーミンパパの思い出』。厳密な時代考証よりも、観客への伝わりやすさを優先したのでしょうか。
もしくは、トーベはmymlaという言葉を「愛し合う」という意味で使っていたといわれているので、ここではキャラクターとしてのミムラねえさんを指しているわけではない可能性も考えられます。

当時の服や音楽、空気感も、映画『TOVE/トーベ』の魅力のひとつ。トーベのアトリエも見事に再現されています。
右側の壁に飾られている額、この写真では少し見づらいですが、頬杖をつく男性の絵、これはトーベが1939年にサム・ヴァンニを描いた木炭画です。映画では単なる画家仲間、友人という扱いですが、1930年代半ば、トーベと絵の先生だったサムは熱烈な恋愛関係にありました。
もうひとりの友人として登場するマヤ・ロンドンとサムは1941年に結婚しているので、映画で描かれている時期のふたりは実際には夫婦だったということになります。

映画を観て、もっとトーベについて知りたい!と思われた方は、10月26日発売の決定版評伝『トーベ・ヤンソン 人生、芸術、言葉』(フィルムアート社刊/ボエル・ヴェスティン著/畑中麻紀・森下圭子訳)をぜひ!

同書は、惜しまれながら絶版となった『トーベ・ヤンソン 仕事、愛、ムーミン』(講談社)の待望の新訳です。
著者のボエル・ヴェスティン教授は、トーベからの信頼厚く、手紙や日記などの私的な記録を閲覧を本人から許された唯一のムーミン研究の第一人者で、日本語訳は当サイトのブログ「月刊 森下圭子のフィンランドムーミン便り」でもおなじみの森下圭子さんと、新版ムーミン全集の翻訳編集を手がけた畑中麻紀さん!

映画『TOVE/トーベ』は1960年頃でいったん終わりますが、トーベの人生は2001年、86歳まで続きました。
映画では描かれていない幼少期から学生時代、トゥーリッキとクルーヴハルでの島暮らしを始めた50歳代から晩年まで、数多くの写真や絵画、スケッチを交えて、つぶさに知ることができる充実した一冊です。

2007年、取材で訪れたトーベのアトリエ

 

また、もしも、アニメ作品などの印象から、ムーミンは子どものものだと思っている方がいたら、1962年出版のシリーズ唯一の短篇集『ムーミン谷の仲間たち』1970年出版のシリーズ最終巻『ムーミン谷の十一月』をぜひ読んでほしいなと思います。

トーベは晩年、ムーミン以外の小説を多数、書きました。
自伝的小説『彫刻家の娘』『少女ソフィアの夏』をはじめ、高く評価される優れた作品がたくさん。

亡くなる3年前の1998年に出版した自選短篇集『メッセージ』は今年、久山葉子氏による日本語版が出たばかりです。
新聞連載の大変さが伝わる「連載漫画家」、サム・ヴァンニ(本名サミュエル・ベプロスヴァンニ)の出てくる「サミュエルとの対話」、トーベとトゥーリッキを彷彿とさせるマリとヨンナを描いた「コニカとの旅」など、映画に登場する人々との関係や出来事を、トーベが物語として紡いだ作品も収録されています。

2007年、アトリエの一角。彫像、アトリエ・ファウニのムーミン人形などが飾られていた

 

映画『TOVE/トーベ』を観ればムーミンシリーズに新たな視点が加わり、トーベの著作や評伝を読めば映画がさらにおもしろくなることでしょう。
先月のブログ「ムーミンの物語に込めたトーベの想い」にも書きましたが、トーベの言葉を借りれば「読者/観客は物語を自由に解釈していい」。映画だけで断定するのではなく、小説やコミックスなどの作品、周辺書籍や展示にも触れて、ぜひあなた自身のトーベ像を見つけてほしいと思います。

 

萩原まみ(文と写真)