もうひとつのムーミンの原点、コミックスの世界

ムーミン75周年を記念する新しい展覧会「ムーミンコミックス展」松屋銀座でスタート! 密を避けるため日時指定制ですが、事前予約をしなくても枠に空きがあれば当日会場で指定、入場することができます(チケット詳細についてはこちらでご確認を)。日本初公開のコミックス原画やスケッチ、実際にコミックスが掲載された新聞、印刷用原版、PR用の人形、小説の挿絵など、約280点が一堂に介し、見応え満点! ムーミンバレーパークからムーミンが遊びにくる!といううれしいニュースも舞い込んできましたよ。しかも、MOOMIN FESTIVAL in MATSUYA GINZAと称して松屋銀座全館のあちこちに、新しいコミックス柄のムーミンマグをはじめさまざまなムーミングッズやキャラクター紹介が散りばめられています。ヒントを集め、合い言葉を見つけて8階総合受付で伝えると、ステッカーがもらえるワードラリーも開催中。会期は10月12日まで、どうぞお早めに、たっぷりと時間を取ってお出かけくださいね。

さて、ムーミンというキャラクターを主人公に、小説コミックス舞台と、ジャンルの垣根を超越した作品を創り出したトーベ・ヤンソンですが、実は初めて描いたコミックスはムーミンではなかったことをご存知でしょうか。

トーベがもともと画家を志していたことはよく知られているかと思います。また、1929年から『ガルム』というスウェーデン語系の風刺雑誌に数多くの風刺画を寄稿していたこともわりと知られているかもしれません。トーベが初めてのコミックス作品『プリッキナとファビアンの冒険』をルンケントゥス誌に発表したのも1929年、14歳か15歳のとき。スウェーデンに住む祖母が危篤となり、トーベの母シグネが急きょ帰省するため、母が受けていた仕事の代役をトーベが務めることになったのです。それはトーベにとって初めての大きな仕事でした。お金を稼いで家族を助けたいと願っていたトーベが、強い意気込みをもって取り組んだ様子が日記に記されています。

『プリッキナとファビアンの冒険』がどんな作品だったかというと、主人公は小さなイモムシのような姿の二匹の幼虫夫婦。愛し合う二匹が困難を乗り越えて生き残ろうと奮闘する、冒険ラブコメディーでした。ちょっと力みすぎてしまったのか、幼虫が幼虫のまま幼虫を産むという奇想天外な展開に読者から指摘が入ったり、話が広がりすぎて慌てて幼虫を蝶にしたりと、納得のいく出来ではなかったようです。
四角いコマの下に文章が添えられたスタイルで、漫画というよりは絵物語と呼んだほうがイメージしやすいかもしれませんが、セリフの吹き出しもあり、『ニィ・ティド』誌掲載の最初のムーミンコミックス「ムーミントロールと地球の終わり」よりもむしろ漫画の形式に近いものといえるでしょう。画風はまだ幼さを感じさせるものの、キャラクターのかわいらしさ、小さな世界をのぞき込むような世界観はムーミンにも通じるものがあります。その貴重な作品の一部は、評伝『トーベ・ヤンソン-仕事、愛、ムーミン 』(ボエル・ウェスティン著/畑中麻紀、森下圭子共訳/講談社刊)の口絵にカラーで掲載されていますから、ぜひご覧になってみてください。 その後、トーベはスウェーデンやフランスでも絵画を学び、今から75年前の1945年に最初の小説『小さなトロールと大きな洪水』を出版(余談ですが、10月1日に発売された新版『ムーミン谷の十一月』に続き、10月中旬に新版『小さなトロールと大きな洪水』刊行。ついに新版が全巻揃います! ムーミンコミックス展の物販会場では新版ボックスセットの見本が展示されていて、購入予約ができますよ)

ムーミンのコミックスという意味では、1947~1948年にかけて、スウェーデン語系の新聞『ニィ・ティド』紙に掲載された「ムーミントロールと地球の終わり」が最初です。この作品はありがたいことに、ムーミン・コミックス14巻『ひとりぼっちのムーミン』(冨原眞弓訳/筑摩書房刊)で読むことができます。
ムーミン谷に彗星が近づき、ムーミントーロルスニフが天文台に向う途中、スナフキンと知り合って……というストーリーは、1946年出版の小説第2作『彗星追跡』(後に『ムーミン谷の彗星』と改訂)をなぞったものですが、トフスランとビフスランが登場したり、避難する場所が洞窟ではなくゴム製の救命ボートだったりと、現在の『ムーミン谷の彗星』とは異なる点がいくつか見受けられます。また、ムーミンパパが王党派新聞を読んでいる等の描写が読者の不興を買い、途中で打ち切りになってしまったため、終盤が駆け足なのですが、小説とも、その後のコミックス作品ともまた一味違う魅力があります。「ムーミンコミックス展」ではスライド形式で紹介されているこの作品、実はムーミン75周年と意外な関連があります。すっかりおなじみになったムーミン75のメインビジュアル、実はこれ、「ムーミントロールと地球の終わり」の一コマなんです。コミックス展のどこかにも拡大した絵がありますから、お見逃しなく。コミックスのどこに出てくるのかも、ぜひ探してみてくださいね。

ムーミンコミックスの歴史を辿っていくと、1954年からイギリスの夕刊紙「イヴニング・ニューズ」で長期連載が始まり、ムーミン人気が一気に高まりました。こんにち、たくさんのグッズに使われている絵の多くもこのコミックスから採られているので、ページをめくると見なれた絵を次々と見つけることができます。たとえば、エピソードの最初のコマに必ず使われているムーミンのおしり。なんとこのおしりはパンにもなっています!

ここまでトーベについてご紹介してきましたが、ムーミンコミックスにはもうひとつ大きな特徴があります。それは弟ラルスの存在。7年契約で、週6日の連載をこなすため、連載開始当初からラルスが主に英訳担当として参加。トーベがスウェーデン語で書いたセリフをラルスが英訳し、途中からは言葉部分のペン入れもするようになりました。ムーミンコミックス展に展示されているトーベの下書きを見ると、セリフがスウェーデン語で書き込まれていることがわかります。

14話「タイムマシンでワイルドウェスト」(第2巻『あこがれの遠い土地』収録)以降はラルスが原案にも協力するようになり、1959年に契約が切れると、ラルスが単独で後を引き継ぎ、21話「ムーミンと魔法のランプ」 (第12巻『ふしぎなごっこ遊び』収録 )から1975年の73話「10個のブタの貯金箱」まで、連載が続きました。
今回の「ムーミンコミックス展」が画期的なのは、そのラルスの功績にスポットが当てられていることです。既刊のムーミン・コミックス第13巻『しあわせな日々』など、いくつかのラルス単独作は日本語に翻訳されていますし、英語版でも読むことができますが、意識して読んでいた方はそんなに多くはないのではないでしょうか。最終話「10個のブタの貯金箱」を含む、本邦初公開のラルスによる4作の原画展示は、フィンランド以外ではほぼ世界初! 展示の大きな目玉といえます。ラルスによる4作は日本語解説付きで、公式図録にも収録。図録はオンラインショップでも購入することができますよ。また、展示とは別のラルス単独2作を新たに訳出した書籍『英語対訳 ムーミン・コミックス』冨原眞弓、安達まみ共訳/筑摩書房刊)も出版されました。同書にはラルス単独作だけでなく、トーベ単独作「ムーミンパパの灯台守」、トーベとラルス共作の「ムーミン谷のきままな暮し」など、全7作を収録。トーベとラルスの作風を比べたり、違いを見つけたりと、新たな楽しみ方を提示してくれています。また、現在、筑摩書房から出ているムーミン・コミックスは冨原眞弓氏がスウェーデン語から翻訳したものですから、英語版とは絵は同じでもセリフの言い回しなど文字部分に違いがあるので、コミックス愛読者の方も必読。まだコミックスを読んだことがない方、今回の展示で興味を持ったという方の入門編としてもおすすめです。

これまでもこのブログでは、コミックスにしか登場しないスティンキーをご紹介したり、小説とコミックスを並べてみたり、さまざまな形でコミックスを取り上げてきました。今回はあらためて、トーベによるコミックスの原点を掘り下げてみましたが、いかがでしたでしょうか。小説や挿絵でトーベを知っている人にとっては漫画家という側面は意外に思えるかもしれませんが、そのキャリアのルーツにはそもそもコミックスが存在していたのです。
「ムーミンコミックス展」の見どころのひとつは、トーベによるキャラクター設定と鉛筆で描いたスケッチ(下書き)。実際にペン入れされ、印刷物になった絵とは姿が異なるキャラクター(たとえば、下書きのスティンキーにご注目!)もいるので、コミックスで予習しておけば、より展示が楽しめることでしょう。松屋銀座の後は、滋賀、茨城、岡山、福岡、広島、名古屋、横浜、長崎、愛媛、八王子と、2年にわたって巡回予定。スケジュールや詳細は随時、サイトにアップされると思いますので、東京以外の方もどうぞ楽しみにお待ちくださいね。

萩原まみ(文と写真)