読書の秋に、ムーミン一家と海のお話

暑さがとても厳しかった2020年の夏も、ようやく終わろうとしていますね。今年は新型コロナウイルスの影響で夏休みが短くなったり、帰省が出来なかったり、夏を思い切り満喫できなかったという方も多いことでしょう。
そこで今回は、遠出をしたような非日常気分が味わえるお話をピックアップ! まずは、小説『ムーミンパパ海へいく』です。9月に入ったのに今さら海!?と思われるかもしれませんが、実はこの小説、こんな一節から始まります。

八月末のある日の午後、ムーミンパパが手持ちぶさたで庭を歩き回っていました。なにをしたらいいか、わからなかったのです。なにしろ、しなければいけないことはすっかりやってしまったか、ほかのだれかが、手をつけてしまったように思えましたから。
パパはかなしそうに、かわいた地面にしっぽを引きずりながら、あてもなく庭をぶらつきました。ムーミン谷は焼けつくような暑さで、なにもかもひっそりとして、しかも少しほこりっぽかったのです。
(新版『ムーミンパパ海へいく』講談社刊/小野寺百合子訳/畑中麻紀翻訳編集より引用)「海へいく」というタイトルだけ聞くと、心踊る夏の冒険または『劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス』のような華やかな旅を連想するかもしれません。しかし、このお話は夏の終わりから秋の始め、なにやら不穏な雰囲気で幕を開けます。
ムーミンパパは家族のために火事の心配をしたり、ベタつくベランダの塗り直しという面倒な仕事を買ってでようかと考えたりしますが、みんな好き勝手に動き回っていて、パパの助けなど必要としていない様子。

「パパ、なにも気がつかないの。ランプだよ」
と、ムーミントロールがさけびました。
「そうよ、日が短くなってきたから、ランプを使いはじめる時期だと思ったの。とくに今夜は、そう感じるわ」
ムーミンママはいいました。
「それでは、おまえは夏をおわらせるんだね。ランプを灯すのは、夏がほんとうにすぎてからなんだぞ」
「ええ、もう秋が来るんですもの」
(略)
「うちによっては、ランプをつける時期を決めるのは、その家の父親なんだが……」(略)パパは夏の間、がらんとした海に囲まれた、灯台のある小さな点のような島の話ばかりしていました。そして、夏が終わろうという今、パパがついに本当にその島に移り住んで生活を一新しようとしていることを、家族は悟ったのです。
秋の星座がきらめく宵に、一家は冒険号に乗り込んで、島へと漕ぎだします。その夜と次の昼が過ぎ、また夜が訪れた頃、ようやく島に到着しました。ところが、目印となる灯台の光が見えません。光どころか灯台の鍵も見当たらず、次から次へと試練が--。『ムーミンパパ海へいく』は全9巻のムーミン小説のなかでも、もっとも長い作品です。登場するのはムーミンパパとムーミンママムーミントロール、養女になったと語られるちびのミイ(リトルミイ)、そして島で出会うちょっと変わったうみうま、一家を追ってきたモランぐらい。それぞれの気持ちの変化、新しい挑戦への高揚感や不安、疑問など、さまざまな感情が、過不足のない言葉で綴られていきます。特に新版は現代の感覚で読みやすい文章に改められていますから、ぜひともご自身でお読みいただきたく、今回は冒頭部分だけをクローズアップするにとどめ、代わりにもうひとつ別の作品を併せてご紹介することにしましょう。

それは、一家が灯台の島に移り住むという、小説と同じ設定で描かれたコミックス「ムーミンパパの灯台守」 (第1巻『黄金のしっぽ』収録/筑摩書房刊/冨原眞弓訳)。トーベは、小説コミックスで共通するエピソードをいくつか描いていますが、興味深いのはコミックス「ムーミンパパの灯台守」が『イヴニング・ニューズ』に発表されたのは1957年小説『ムーミンパパ海へいく』発行は1965年で、コミックスのほうが先だということです。コミックスでは、灯台守募集の求人広告を見つけたパパが「海の本を書く」という口実で移住すると言い出します。ママは迷惑顔で、手配を丸投げされたムーミンは準備に大忙し。優雅なバカンスと勘違いしたスノークのおじょうさん(スノークの女の子)はウキウキとビーチウェアを選びます。ちびのミイは不在で、途中からひょっこりトゥーティッキ(トゥティッキ/おしゃまさん)が登場。灯台に住みついていたおばけ(ユーレイ)に人を怖がらせる方法を伝授する場面は、小説『ムーミンパパの思い出』に出てくるフレドリクソンとおばけのエピソードと重なります(おばけについてもっと知りたい方はこちらのブログもどうぞ)。小説では、自分の存在意義や生き方に悩むパパとママ、うみうまやモランとの交流を通じて成長していくムーミントロールなど、シリアスなテーマが描かれますが、コミックスは風刺を効かせつつ、軽やかにコミカルに展開していきます。
それぞれにおもしろさがありますから、もちろん別個の作品として楽しめますが、読み比べてみるのもまた一興。

例えば、ムーミンママが懐かしいムーミン谷の風景を壁に描くエピソードをご存知でしょうか。
小説では、島での不自由な暮らしに疲れたママが大好きな花々や庭のりんごの木、ムーミンやしきの家具などを描きはじめ、次第にのめり込んでいきます。

この挿絵は、ムーミンバレーパークにある灯台ではこんなふうに再現されています。原作ではママが絵を描いたのはおそらく台所などのある上の階の壁だと思われるのですが、パークでは1階にアレンジされているので、ちょっと覗くだけでまるで物語に入り込んだみたい!

一方、コミックスでは、ムーミンパパの新作小説完成を祝うパーティーのため、殺風景な灯台の部屋の壁をどうやって飾ろうかと考えるムーミンママに、トゥーティッキが「壁に絵を描けば?」と提案します。それを見たパパから「ホームシックかい?」と訊かれたママの返事は「ちょっぴりね」。コミックスについては、いよいよ開催が9月24日に迫った松屋銀座「ムーミンコミックス展」で、さらに新しい発見がありそうですね!

余談ですが、TVアニメ『ムーミン谷のなかまたち』シーズン2では、第9話「お別れのとき」から第12話「ムーミントロールとうみうま」の4話にわたってムーミン一家が灯台の島に赴くストーリーを映像化。なかでも、第10話「ムーミンパパの島」に登場する漁師の人物像にはかなり驚かされました。こちらもアニメと原作を比べてみると、より理解が深まって楽しめるのではないかと思います。

ムーミンといえば、平和なムーミン谷でいつものんびり暮らしているイメージが強いかもしれません。荒々しい自然に囲まれた灯台の島で、穏やかな日常を離れたムーミン一家がどのように困難に立ち向かい、変わっていくのか。落ちつかない気分の今年の晩夏から初秋にぴったりのお話、ぜひ紐解いてみてください。

萩原まみ(文と写真)