ムーミン75周年、最後の月に

2020年も残りわずか。振り返れば、今年の幕開けはとても明るいものでした。ムーミンシリーズの最初の作品が出版されてから75周年、そして夏には東京オリンピック・パラリンピックが開催される特別な年。まさか、新型コロナウイルスのせいで世界が一変するとは、夢にも思いませんでした。オリパラは来年に延期。ムーミン75で予定されていたイベントも中止になったり、形を変えて縮小しての開催だったり……。でも、そんななかでも、わたしたちは希望を信じ、楽しみを見出してきました。今回は、2020年の締めくくりとして、75年前に出版された『小さなトロールと大きな洪水』をご紹介するとともに、この1年の出来事を振り返りつつ、来年に思いを馳せてみましょう。まず、現在、ムーミン75を記念する大きな展覧会がふたつ、日本を巡回しています。ひとつは「ムーミン展 THE ART AND THE STORY」。残念ながら4月に予定されていた岩手県立美術館での開催は中止となってしまいましたが、緊急事態宣言の解除にともなって再開。2021年1月11日(月・祝)まで熊本市現代美術館、1月23日(土)から3月14日(土)までは静岡県立美術館にて開催予定です。もうひとつは、「ムーミンコミックス展」。 2021年1月11日(月・祝)まで佐川美術館(滋賀県守山市)で開催、その後、茨城県、岡山県、福岡県、広島県、愛知県、神奈川県、長崎県、愛媛県、2022年6月の東京富士美術館まで全国を巡回する予定です。

できればステイホームで過ごしたい、そんな方におすすめなのが11月に発売になったばかりのムーミン全集【新版】全9巻BOXセット。今なら初回限定特典として名言入りクリアしおり9枚がついていますから、クリスマスプレゼントやお年玉ギフトにもぴったりです。
長く日本でも親しまれてきたムーミン全集を、今の時代に合った読みやすい訳に改訂し、挿絵もクリアに一新、新版として生まれ変わらせるプロジェクトは昨年2019年3月刊行の『ムーミン谷の彗星』から始まり、今年10月の『小さなトロールと大きな洪水』で完結しました。その最後の1冊、『小さなトロールと大きな洪水』こそが、75年前に誕生したムーミンシリーズ最初の作品。なぜ最初の作品=第1作が最後の1冊=全集の9冊めなのか、ご存知の方も多いかもしれませんが、改めて紐解いてみましょう。

今から75年前、つまり1945年は第二次世界大戦が終わった年。戦時中、生活のために雑誌の風刺画や小説の挿絵、クリスマスのポストカードなど、たくさんの仕事をこなしたトーベ。その一方で、芸術作品としての絵画制作に取り組む情熱が沸いてこないことに悩んでいました。「トーベ・ヤンソンについて」や ブログ 「ムーミンの最初の物語『小さなトロールと大きな洪水』における戦争の影」に詳しく記載されていますが、トーベ自身もムーミンの物語を書くに至った経緯を『小さなトロールと大きな洪水』の序文でわかりやすく述べています。新版で改訂された部分もありますので、少し引用してみましょう。

1939年、戦争の冬のことです。仕事はぱたりといきづまり、絵を描こうとしてもしかたがないと感じていました。
「むかし、むかし、あるところに」という出だしではじまるなにかを書こうとふと思いたったのも、わからないではありません。(略)でも、なんだかもうしわけない気がしたので、王子さまや、王女さまや、小さな子どもたちを登場させるのはやめて、風刺画を描くときに署名がわりに使っていた、怒った顔の生きものを主人公にして、ムーミントロールという名をつけました。
とちゅうまで書かれたきり、1945年になるまで、お話はほったらかしになっていました。ところが、友だちのひとりがこういったのです。これは子どもの本になるかもしれない。書きあげて、さし絵をつければ、出版できるかもしれないよ、と。
(略)とにかく、これはわたしがはじめて書いた、ハッピーエンドのお話なのです! (新版『小さなトロールと大きな洪水』講談社刊/冨原眞弓訳より引用)

お話を書きあげるようアドバイスした友だちというのは、スナフキンのモデルのひとりといわれるアトス・ヴィルタネン。そのあたりのことは、米国アカデミー賞の国際長編映画賞への選出も決まったという映画『TOVE(原題)』でも丁寧に描かれているのではないかと思います。アトスの言葉がなければ、トーベが書きかけのまま完成させなかったら、ムーミンは存在しなかったのだと思うと、トーベはもちろん、アトスにも感謝!ですね。戦後の混乱期に出版された『小さなトロールと大きな洪水』は、たった48ページほどの薄い小冊子で、書店ではなく、駅の売店で販売されたといいます。驚くべきことに、正確な発売日すらわかっていません(本来なら記念すべき第1作の発売日を記念日として祝いたいところですが、日付が定かではないため、トーベの誕生日が「ムーミンの日」と制定されました)。書評を掲載してくれたのもアトスが編集長を務める1紙だけ。大きな話題になることはなく、そのまま絶版状態になってしまいます。
ようやく再び日の目を見ることになったのは、出版から46年もたった1991年のことでした。その頃にはムーミンシリーズは最終作の『ムーミン谷の十一月』まですべて出版されており、作家としてのトーベの名声は揺るぎないものになっていました。また、1990年に日本で作られたアニメ『楽しいムーミン一家』の世界的ヒットによって新たなムーミンブームが起こって、幻の第1作の再版を望む声が大きくなっていました。しかし、『~洪水』の設定や表現はその後のシリーズとは少々異なる部分があり、挿絵のムーミンたちの姿を見ても鼻が細長くて、同じキャラクターとは思えないほど(ムーミンの姿の変遷についてはムーミン75周年特設サイトでご覧になれます)。トーベは修正を試みたものの、「ひたむきな情熱というか、若さというか、そういうものがこの作品にはあります。いま書きなおすと、そういうものが失われてしまうような気がするのです」(同書、訳者あとがきより引用)と断念。1945年の初版そのままの形で、復刊されることとなりました。

戦火のなかで生まれ、終戦の年に出版された同書は、子どもの本として書かれたハッピーエンドのお話とはいえ、けっして明るいトーンではありません。いなくなってしまったムーミンパパを探して、ムーミンママと幼いムーミントロールが旅をしています。8月の終わり、光の届かない深い森のなかで、ふたりはのちにスニフと名付けられる小さな生きものと出会いました。寒さが苦手なムーミンたちは遅くとも10月には暖かい家を見つけて落ち着かなければなりません。大ヘビに襲われそうになったり、ニョロニョロのボートで荒れる海を渡ったり、厳しい試練が次々と一行を襲います。それでもムーミンママはパパとの再会を信じて、前へ前へと進んでいくのです。第2作の『ムーミン谷の彗星』もまた、ムーミン谷が彗星の脅威にさらされ、ムーミントロールたちがその正体を見極めるために旅をするストーリー。『~洪水』も『~彗星』も、自然災害に戦争を重ねて描いた作品だと言われます。今、コロナ禍を単純に戦争になぞらえて考えるのは適切ではないかもしれませんが、健康や命、生活を脅かされ、先の見えない不安にさいなまれている人も多いことでしょう。ムーミンたちの冒険のクライマックスはぜひ本を読んでいただくとして、もちろん最後は明るい光に満ちた幸せなエンディングが待っています。わたしたちも未来を信じて、心を強くもって進んでいくしかないのだと思います。

『たのしいムーミン一家』より

さて。ここで筆を置いてもよいのですが、少しだけ、今年最後のご挨拶を。
ムーミン公式サイトではムーミンに関する最新情報を日々発信しています。こんなご時世ですが、楽しい話題もたくさん! 例えば、ムーミンバレーパークでは冬期限定イベント「ウインターワンダーランド」 を開催中。オンライン予約ができるようになったムーミンカフェでは「おうちでもムーミンカフェが楽しめる☆ハッピーホリデーセット」を店内とテイクアウトで楽しむことができます。
公式オンラインショップPEIKKOには、クリスマスギフト冬のあったか小物などがズラリ勢ぞろい。2021年のカレンダー&手帳75周年記念の限定グッズもどうぞお買い逃しなく!
ムーミンファンクラブに新しく登場したノベルティ「トフスランとビフスランのミニ旅行かばん」には今回ご紹介した『小さなトロールと大きな洪水』の初版表紙も使われていますよ。
新作アニメ『ムーミン谷のなかまたち』シーズン2のBlu-ray/DVDの特典付き予約も好評受付中。来秋には映画『TOVE(原題)』の日本公開決定!といううれしいニュースも飛び込んできました。2021年に向けてのお楽しみが増えましたね。
1年間、「ムーミン春夏秋冬」のご愛読どうもありがとうございました。これからもムーミン世界を深堀りしてもっともっと楽しめる記事をお届けしていきます。引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。

萩原まみ