父の日によせて、ムーミンパパのこと

まだ少し先ですが、今年の父の日は6月19日(日)ですね。
MOOMIN SHOP オンラインでは「FATHER’S DAY」特集、ムーミンバレーパークでは「Moominpappa’s day」(ムーミンパパの日)を開催中。

先月は「母の日によせて、ムーミンママのこと」と題してムーミンママのことを詳しくご紹介しましたので、今月はムーミンパパの出番です!

実はこのブログ「ムーミン春夏秋冬」では、ムーミンパパひとりだけを深く掘り下げて取り上げたことがありません。
イースターのときに「ムーミンパパのたまご探し」、ムーミンバレーパークのアトラクションとからめて「『海のオーケストラ号』読んでから行く、行ってから読む?」という形で若き日のムーミンパパの冒険についてお伝えしたぐらい。

ムーミンパパといえば、いわずと知れた主人公ムーミントロールのお父さんで、このムーミン公式サイトのキャラクター紹介でも真っ先に挙がっているほどの重要人物です。
しかも、全9巻のムーミンの小説のなかで、『ムーミンパパの思い出』『ムーミンパパ海へいく』、ムーミンパパの名前がタイトルに入っている作品が2つもあります。
短篇集『ムーミン谷の仲間たち』収録の「ニョロニョロのひみつ」はパパが主人公のお話。
よく考えてみると、ムーミンママを冠した題名の巻はありませんし、ママやムーミントロールが単独主人公の作品もないといってもいいのではないでしょうか。

にもかかわらず、なぜこれまで「ムーミン春夏秋冬」でムーミンパパを取り上げてこなかったか。
それは決して個人的な好き嫌いではなく、一筋縄ではいかないキャラクターだと思うからです。
といっても、ムーミンママだって、単純でわかりやすい一面的な造形というわけではなく、ムーミントロールは作品によって変化し、成長していきます。
ムーミンパパを表現することの難しさは、作品によって、また読み手によって、解釈が大きく異なるのではないか、という点。
パパが活躍するお話をいくつかピックアップして、その魅力に迫ってみましょう。

まずは、ムーミン小説第一作『小さなトロールと大きな洪水』で、最初にパパについて書かれた箇所の引用をお読みください。

「パパのこと、なにか話してよ」
ムーミントロールがたのみました。
「ありきたりのムーミントロールではなかったわね」
ママは考えこみながら、かなしそうにいいました。
「パパはいつでもどこかへ行きたいと思っていたの。ストーブからストーブへと転々とね。どこにいても気に入らなくて。ある日、どこかへ消えてしまった(略)」
(『小さなトロールと大きな洪水』講談社刊/冨原眞弓訳より引用)

妻と幼い息子を置いて消えてしまうお父さん! 「頼れる」とか「家族のことを第一に考える」といった、いわゆる“理想の父親”イメージからはかけ離れていると言って差し支えなさそうですが、パパはパパで家族のことを思って家を建てたこと、離ればなれの妻子を探していたことが後々明らかにされます。

しかし、「ニョロニョロのひみつ」で再び、パパは家族を置いていなくなってしまうのですが……。

『ムーミンパパの思い出』(講談社刊/小野寺百合子訳/畑中麻紀翻訳編集、以下同)は、風邪をひいたムーミンパパが若き冒険の日々を「思い出の記」に書き綴り、息子たちに読み聞かせるという二重構造になっています。
「思い出の記」のなかのムーミンパパはまだパパではなく、若いひとりのムーミン。自分の可能性を信じ、自由を求めて、みなし子ホームを飛び出した幼少期から、フレドリクソンヨクサルロッドユールと出会い、旅を通じて、たくさんのことを学び、かわいい女のムーミン(将来のムーミンママ)と出会って家庭を持つまで--。
パパについてもっと知りたい方に最適の一冊です。
ただ、パパが自ら書いた内容には、おもしろくするための誇張や美化、演出が含まれている可能性があって、すべてが“ほんとう”とは言えないかもしれません。

『ムーミンパパ海へいく』では、ムーミン谷での穏やかな日常に飽き足らなくなったパパが、今度は家族みんなを連れて灯台の島へ。
新しい生活と冒険を求めるパパの気持ち、厳しい島での生活ですれ違い、また深まっていく家族の絆--。
大人にこそ読んでほしい、こちらもパパファン必読の作品です。

小説だけでなく、コミックスにも、パパが冒険心を押さえられず、さまざまな騒動を巻きおこすエピソードがいくつかあります。

映画『劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス』のベースになった「南の島にくりだそう」 (第10巻『春の気分』収録/筑摩書房刊/冨原眞弓訳、以下同)では、家族そっちのけで、意気投合したモンガガ侯爵と飲み明かしたり……

2021年にムーミンバレーパークの「エンマの劇場」で上演されていたショー「自由でしあわせな生活」の原作、「預言者あらわる」(第5巻『ムーミン谷のクリスマス』収録)では預言者の言葉に感化され、自由を求めて木の上でひとりの生活を始めてしまったり……。

「ムーミンパパの灯台守」(第1巻『黄金のしっぽ』収録)では、壮大なる海の物語を書くために、昔からの夢だった灯台守になる!と言い出して、移住を強行したり……。

なかなか筆が進まずに苦しんでいたパパが、ついにノリノリで執筆を始めた場面。パパはいったいどんな作品を書き上げたのか、意外な結末はぜひコミックスを読んでみてください。

この絵は、父の日ギフトにも最適なタンブラーにも使われています。
グッズだけでなく、原作本をセットでプレゼントするのもいいですね!

ムーミンパパが旧来の典型的な父親像として描かれなかったのは、トーベ・ヤンソンの父ヴィクトルがモデルだから、という見方ができるでしょう。
彫刻家だった父の収入だけでは家計が苦しく、母シグネやトーベも働いて家族を支える必要がありました。小説家と言いつつも、本が売れている様子のないムーミンパパの姿が重なるようです。

折り合いのよくない時期もあった父娘の関係は、Blu-ray&DVD発売中の映画『TOVE/トーベ』でも印象的に描写されていました。
映画はフィクションですから、すべてが事実とは言えませんが、評伝『トーベ・ヤンソン 人生、芸術、言葉』や、自伝的小説『彫刻家の娘』『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』などの小説からもその関係を伺い知ることができます。

一見、ダンディで頼もしく見えるムーミンパパの、父親という枠にとらわれないちょっと意外(?)な側面、少しはお伝えできたでしょうか。
よく、パパを評して、「少年のような」「冒険心を忘れない」といった言葉が使われることがありますが、そんな生き方に憧れる読者がいる一方で、「自分本位な行動に振り回される家族は大変~」という感想を抱く読者もいるかもしれません。
パパのことがかえってよくわからなくなった、なんてときは、ぜひご自身で原作をいろいろ紐解いてみてくださいね。

萩原まみ(文)