ヘルシンキの建築&デザインミュージアムで「エスケープ・トゥー・ムーミンバレー」 展が開催中!【本国サイトのブログから】
フィンランド・ヘルシンキの建築&デザインミュージアムで開催されている、新しい展覧会「エスケープ・トゥー・ムーミンバレー」は、トーベ・ヤンソンがどのようにして空想の世界と、現実の空間を同時に創り上げていったかを探る扉を開きます。この展覧会では、ムーミンの物語と現代の建築家、デザイナーたちの作品を通して「家と家を失うこと」、「孤独とコミュニティ」、「安心と不安」などのテーマを掘り下げています。
トーベ・ヤンソンの現実の家と、空想の家
「エスケープ・トゥー・ムーミンバレー」展は、トーベが大切にしていた場所や環境の紹介に始まり、ムーミン谷とその空間の旅へと続きます。この展覧会は2026年9月27日までの開催で、トーベ自身の人生と彼女が創り上げた物語の世界のスペースに分かれ、現実とフィクションをひとつに織り上げています。
アトリエを再現したこの部屋は、展覧会の4つの展示室の中で、トーベ・ヤンソン自身の人生を表したもののうちの一つです。

『ムーミン谷の夏まつり』に登場する、海に浮かぶ 劇場を再現。
展覧会キュレーターの一人、ユッタ・ティンクネンは次のように語ります。
「展覧会の準備のために、私はムーミンの本をすべて読み返しました。特に挿絵に注意を払って観察して、空間や建築についての描写を探したんです。ムーミンキャラクターズ社の膨大な写真のコレクションを眺めているうちに、あるテーマが繰り返し現れることに気がつきました。それは、ムーミン谷の中に描かれたものたちが、驚くほどトーベ自身の身近にあったものと似ていたことです。特に印象に残っているのは、『ムーミン谷の十一月』に描かれているフィリフヨンカの鏡台です。トーベのアトリエにある鏡台にそっくりなのです。ついには展覧会のプロジェクトチーム全員が挿絵に描かれたものを探し出し、18組のイメージをセレクトしました。でもまだすべて見つけたわけではないと思います。ムーミンの本を読んで、ぜひ似ているものを探してみてくださいね!」

トーベの描いたイラストと、現実の世界で彼女が目にしていたものとの類似点が見つかった。
トーベが愛した2つの場所
ヘルシンキの建築&デザインミュージアムのすぐそばにあるアトリエと、ペッリンゲの群島地域にある、夏を過ごした島クルーヴハルは、トーベにとって単なる仕事場以上の場所で、自身のアイデンティティとクリエイティビティの一部でした。トーベは、生涯のほとんどを創作の場でもあったヘルシンキのアトリエ兼住居で過ごしました。

旅先やクルーヴハルの小屋など、トーベは行く先々でも作品を手がけました。トーベとパートナーのトゥーリッキ・ピエティラは、1960年代にこの岩礁の島、クルーヴハルに小屋を建てました。これは、この展覧会の焦点の一つです。この島は、「平和」、「愛」、そして「自分らしく生きる自由」という、展覧会全体を貫いているテーマを語りかけてくるのです。
クルーヴハルの小屋の設計とアトリエの改修は、トゥーリッキの弟レイマ・ピエティラと妻ライリ・ピエティラがデザインを手掛けました。ユッタ・ティンクネンは、建築&デザインミュージアムの所蔵であるアトリエと小屋の図面を通して、トーベとピエティラ夫妻との関係を探ることに意味があると考えました。これらの図面から、トーベがどちらの空間についても、信頼する建築家ライリとレイマ・ピエティラ夫妻に明確なスケッチを示していたことがわかります。例えば、彼女はヘルシンキのアトリエ兼住居には、幼い頃住んでいたルオツィ通りの家に似たようなロフトが欲しいと考えていました。

アトリエの階段部分の図面。

1960年代に改修されたウッランリンナ通りのトーベ・ヤンソンのアトリエ。Image: Simo Rista
「ヘルシンキのアトリエとクルーヴハルはどちらも、トーベとトゥーリッキの個人的なニーズを反映しています。クライアントの要望と嗜好をよく理解していた建築家たちにとって、それは設計における出発点となり、指針となりました。ピエティラ夫妻の影響は、空間にはっきり表れています。そのモダニズムの一形態に、トーベは当初少し慎重な姿勢を見せていましたが、それでも彼女は最終的にそれを自分の住まいの一部として受け入れました。とはいっても、トーベは自分の“ロマン主義”を完全に手放したわけではありません。それはアトリエの住居部分の螺旋階段や、そして特に漁師小屋の形をしたクルーヴハルに見ることができます」とティンクネンは述べています。

トーベが描いた、海からクルーヴハルと小屋を望む風景を描いたイラスト。
© Architecture & Design museum
戦争の影のもとで生まれた「安心」
トーベは、第二次世界大戦中の安全が脅かされていた時代に「ムーミン谷」を生み出しました。ムーミン最初の物語『小さなトロールと大きな洪水(1945)』は、「家を失い、再び見つける」というテーマを描いています。この展覧会は、トーベが現実から逃れて世界を創り出したというだけではなく、その中に希望を見出していたことを思い出させてくれます。

1950年代にトーベ・ヤンソンが描いた、スウェーデン劇場の舞台美術スケッチ。© Moomin Characters™
「戦時下の、あらゆる制約や義務に縛られた状況では、ムーミン谷ような心安らげる世界はまるで手の届かないもののように思えたに違いありません。でも、トーベはまさに文章を通してそれを現実のものにしたのです。それが芸術の力なのです。キュレーターの一人としてこの展覧会を準備していく中で、一番感動的だったのは、トーベ・ヤンソンの物語が今なお、私たちにどれほどの慰めを与えてくれるのかを実感したことです」と、ティンクネンは語ります。
ムーミン谷は、単なるおとぎ話の世界ではなく、「安心できる場所に辿りつくこと 」と「再生」のメタファーとして読むことができます。
この展覧会では、「家と家を失うこと」、「孤独と共同体」、「安心と不安」というテーマを掘り下げながら、最初のムーミンの物語から出版80年を経た今もなお、ムーミン谷の仲間たちとトーベの作り上げた空間との関係が、現代の私たちに何を教えてくれるのかを考察しています。

新たに創り直すことへの必要性――トーベの物語は、読者をムーミン谷へとまっすぐに誘います。
新たな視点:現代の建築家とデザイナーたち
この展覧会は、過去を振り返るだけではありません。トーベのオリジナルの資料やアーカイブ写真、映像に加えて、今日の建築家やデザイナーの作品を紹介します。彼らは危機的状況や不確実さが私たちの暮らしや人生の規範を形づくる現代において、「避難場所」、「コミュニティ」、そして「安心できる場所に辿りつくこと」とは何なのかを解釈しています。ムーミン谷のテーマを現代に引き寄せ、絶え間なく変化する世界の中で、私たちがどのように自分たちの「安全な避難所」を築いていくのかを問いかけています。
建築と社会をさまざまな視点から問い直す、国内外の現代アーティストやデザイナーの作品が紹介されています。建築スタジオの「ラエル・サン・フラテッロ」は、メキシコとアメリカ合衆国の国境を調査し、国境の両サイドで人々が繋がるための機会を創り出しました。彼らは、鉄製の国境フェンスが開いている部分に3つのピンクのシーソーを設置し、アメリカ側のエル・パソと、メキシコ側のアナプラの住民が、遊びを通して互いに初めてつながることを可能にしました。また、フィンランド人の建築家タピオ・スネルマンの短編映画は、ヘルシンキの地下都市へと観客を誘います。そこでは、都市のインフラが目には見えない層になって絡み合っている様子が描き出されています。
レバノン人建築家ベルナード・クーリーが設計したベイルートのナイトクラブ「B018」は、内戦の追悼の場であると同時に、戦後の若者たちの集いの場としても機能しています。ミッケル・ヴェステルゴー・フランセン社が開発した「ライフストロー」は、危険なエリアにおけるテクノロジーの人道的な可能性を示すものです。1960年代にNASAが開発したスペース・ブランケットも展示されています。宇宙技術が地上での生存と救助活動に果たした役割を示しています。
難民の貢献、創造性、そして回復する力を称える、世界最大級の文化芸術祭からの作品も展示されています。2025年、ムーミンキャラクターズ社は、イギリスの「難民週間」をコーディネートするカウンターポイント・アーツと協力し、4人のアーティストに、『小さなトロールと大きな洪水』から着想を得た4つのパブリックアート作品を制作するよう依頼しました。

Image: Jumcut visuals
本展では、ダナ・オラレスクの作品「あなたは親戚のように見える」が展示されています。この作品は、血縁関係だけでなく、共通の経験や共感、そして他者を理解したいという思いによっても、つながりや友情、そして連帯感が築かれていくことを表現するものです。最初のムーミンの物語で、ムーミントロールと海のトロールが出会ったときのように、オラレスクの作品は異質さと親密さを織り交ぜていて、目に見える境界線や偏見を超えてつながりが生まれる空間を創り出しています。

展覧会では、「難民週間」のために制作されたもう一つの作品、ウッドランド・トライブによる「ムーミンハウス」も紹介されています。ウッドランド・トライブは、イギリスを拠点に活動するコミュニティ・プロジェクトで、「子どもが主体となる建築」を推進しています。彼らのイベントでは、子どもたちが自分たちの遊び場を作ることができます。子どもたちのつくる構造の多くは独創的で、彼らの創造力や意志、そして夢をそのまま映し出しています。

ムーミンやしきの哲学
ムーミンパパによって建てられたムーミンやしきは、フィンランド文学の中で最も有名な建物の一つと言えるでしょう。タイルばりのストーブ のように高く丸みを帯びて、あたたかくて居心地の良い、活気あふれる家です。展覧会では、ムーミンやしきや他のさまざまな家、灯台、ボートなど、トーベの物語に登場するモチーフが絶え間ない変化と共同体のメタファーとして、どのように機能しているかを探っています。特にムーミンやしきは、ゲストが訪れては去っていく開かれた空間で、いつも何かが起こっています。その開放性ともてなしの精神は、現代の私たちにも強く響くものなのです。
「建物や空間は、その形を通して用途を伝えるだけでなく、人間性そのものも伝えます。ムーミンやしきの丸い形、各階にそれぞれ設けられたベッド、そしておなかを空かせた生きものたちが食料を見つけることができる、尽きることのないジャムの貯蔵庫は、究極の安らぎの場所であることを物語っています。そして、それはどれほど風変わりなものになったとしても、遊び心を忘れず、すべての人の夢やニーズに大胆に応える空間を作ることを恐れない、建築家の物語でもあるのです」と、ティンクネンは述べています。
展覧会を体験する様々な方法
デザイン美術館では、この展覧会のために、3つのガイド付きのパスを用意しています。これらのパスを通して、トーベ・ヤンソンとムーミンたちの空間を、さまざまな視点から探ることができます。
🌈「レインボーパス」は、この展覧会の「ノーム・クリティカル」パスです。つまり、トーベ・ヤンソンの人生と芸術を通して、ジェンダーやセクシュアリティの多様性について、社会で“当たり前になっていること”を問い直しながら探るガイドです。

💬「デイティング・パス」は、展覧会の展示室をひとつずつ巡りながら、来場者に小さな振り返りの課題や、問いを投げかけます。その問いは、記憶や夢、そして人生に対する姿勢について会話するきっかけとなるものです。
🌿「チルドレン・パス」 は、子どもと一緒に体験できるように作られています。
このパスは、美術館での体験を子どもと分かち合えるようにサポートし、遊びや想像力、対話を通して展覧会を探求できるようなヒントや、小さな問いかけが用意されています。
また、スナフキンがハーモニカで演奏してくれる、オリジナルの曲を作ることもできます。完成したら、友だちにプレゼントとして送ることができます。このコンテンツはwebで体験することもできますよ。⇒https://www.moomin.com/songforafriend/jp
勇気が“家”になる場所
「エスケープ・トゥー・ムーミンバレー」展は、「逃れる場所」とは、現実からただ逃げるためだけのものではなく、現実を別の角度から見つめ直すための場所でもあることを思い出させてくれます。
トーベの世界は、来場者に考えるきっかけをくれるのです――
「家」とは、ただ壁や天井のある空間としてだけでなく、意味やつながり、そして自分らしくある勇気によって形づくられるものなのだと。
「エスケープ・トゥー・ムーミンバレー」展
📅 2025年10月10日~2026年9月27日
📍 ヘルシンキ・建築&デザインミュージアム
「エスケープ・トゥー・ムーミンバレー」展は、建築&デザインミュージアムとムーミンキャラクターズ社の共同制作です。
画像は特に記載のない限り、© Moomin Characters™ / Linus Lindholm
翻訳/内山さつき