ムーミンの小説で秋の気分を味わおう – トーベ・ヤンソン作品の心に響く秋の名シーン

トーベ・ヤンソンは、その文学作品の中で、秋の訪れによってもたらされる変化を特に美しく描き出しました。これらの引用を通して、自然の力に耳を澄まし、その移ろいから力とインスピレーションを引き出す方法を、学んでみましょう。春から冬まで、四季はムーミンの小説の中で、それぞれの役割を担っています。ムーミンファンのために、ムーミンの小説の中から最も美しい秋の名シーンを集めました。秋の季節への憧れ、静けさに浸ってみてください。

「たのしくすごすって、ほんとにわけのないことよ」

「橋の上に寝そべって、流れる水をながめるのもいいものだわ。走ったり、赤いブーツでジャブジャブ沼をわたったりするのも気持ちがいいわね。体をまるめて、屋根の上の雨の音に、じっと耳をすますのもいいものよ。たのしくすごすって、ほんとにわけのないことよ」『ムーミン谷の十一月』より

「漁師は家の中にすわりこんで、海のうねりが高くなっていくのをながめていました。なにごとにもわずらわされずにすむのは、すばらしいことでした。話しかけるひとも、問いかけるひとも、気のどくにおもってあげるひとも、ぜんぜんないのです。海と空の神秘さと、そのはかりしれない広大さだけが、自分の上におおいかぶさり、そしてまたすぎていくので、失望することなんてありませんでした」『ムーミンパパ海へいく』より

秋もおわりのひみつの庭園が人知れずできかかっていました

「森は雨にふりこめられて重苦しく、木々はじっと立ちすくんでいました。なにもかも枯れはてて、死んでいました。でも、足元の土の上には、むくむくとあたらしい命がうまれはじめていました。くちはてた枯れ葉の下から頭を持ち上げて、夏とは縁もゆかりもない、見慣れないつやつやした植物が地面をはってもりあがり、秋もおわりのひみつの庭園が人知れずできかかっていました。『ムーミン谷の十一月』より

「どこを見ても、まあたらしい、鮮やかな色であふれています。ナナカマドの実が地面いっぱいに輝いていたり、黒い色も目にとまります。シダです」『ムーミン谷の十一月』より

「荒れた海が好きな人なら、こんな住み方こそ、もってこいです。くだける波の中にすり、よせては返す山のような緑の高波をながめ、屋根に響く海の音に耳をかたむけるのです」『ムーミンパパ海へいく』より

そうやって横になって、完全な孤独にひたったのです

「赤や黄色の葉が、頭の上でひらひら舞い、スクルッタおじさんがわすれてしまいたいものをきれいに洗い流すように、遠くの山からまた、秋の大雨がやってきました」『ムーミン谷の十一月』より

「それからセメント小屋にもぐりこんで、まるでしわくちゃの灰色のボールみたいにまるまりました。そうやって横になって、完全な孤独にひたったのです」『ムーミンパパ海へいく』より

「パパは水ぎわまでやってきて、くだける波を見つめて立っていました。そこにパパの海がありました。あとからあとから、ザアーッと音をたてて波が打ちよせ、むちゃくちゃにあわをたててあばれます。それでいて、またふしぎと静かでした。

ムーミンパパの心配はすべてかき消され、しっぽの先から耳のてっぺんまで、生きるチカラがみなぎってきました」『ムーミンパパ海へいく』より

でも、それでなくては、春はまためぐってきませんものね

「たまには変化も必要ですよ。わたしたちはおたがいに、あまりにもあたりまえのことをあたりまえと思いすぎるのじゃない? ねえ、そうでしょ?」『ムーミンパパ海へいく』より

「冬も間近な、ひっそりした秋のひとときは、いやな時期だと思ったら大まちがいです。せっせとせいいっぱい、冬のたくわえをして、安心な場所にしまいこむときなのですからね。自分の持ちものをできるだけ身近に、ぴったり引きよせるのは、なんと心地よいことでしょう。自分のあたたかな思いや考えをまとめて、心の奥深くほりさげた穴にたくわえるのです。その安心なところに、たいせつなものやたかけがえのないもの、そして自分自身までを、そっとしまっておくのです。やがて寒さや嵐や、長い暗闇が、思いっきりおそってくるでしょう」『ムーミン谷の十一月』より

「ムーミン谷に、もう秋が来たのでしょうか。でも、それでなくては、春はまためぐってきませんものね」『たのしいムーミン一家』より

 

引用元の小説はこちら→『たのしいムーミン一家』『ムーミンパパ海へいく』『ムーミン谷の十一月』