ムーミン谷の実りの秋

9月に入って、やっと暑さがやわらいできましたね。日本では夏の終わりが近づくと寂しい反面、ほっとするような気もします。ムーミン谷では、きのこをとったり、ベリーのジャムやりんごソースをつくったり、冬の備えをする時期。ムーミントロールにとっては、南に旅立つスナフキンとの切ない別れの季節でもあります。映画『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』の冒頭でも、そんなムーミン谷の秋の様子が描かれていました。

ムーミンのお話の多くは、春から夏が舞台。秋を描いた数少ない作品が『ムーミン谷の仲間たち』(講談社刊/山室静訳)収録の短編「目に見えない子」です。

ある雨の日、ムーミン一家がテーブルを囲んで、とったばかりのきのこをきれいにしていると、おしゃまさんがやってきました。おしゃまさんはニンニという名前の子を連れてきたと言います。でも、どこにも姿が見えません。ニンニはおばさんから毎日毎日、皮肉を言われ続けたために、どんどん青ざめて、だんだんと姿が薄くなり、ついにはまったく目に見えなくなってしまったというのです。目印になるのは、おばさんが首につけた鈴だけ。おしゃまさんがドアを開けて、「ニンニ!」と呼ぶと、すずしい秋の匂いが庭から部屋に流れ込んできました。
おしゃまさんが帰ってしまった後、ムーミンたちは黙って、ニンニが座っているはずの空っぽの椅子と銀の鈴を見つめました。そのうち、目に見えない手がテーブルの上のきのこを持ち上げ、土や葉っぱをとりのぞいて、いくつかに切ると、お鍋の中へ! 「すごいなあ!」と、ちびのミイが叫びました。翌日、チリンチリンと鈴の音を響かせて現れたニンニ。小さくて怯えたような足だけが見えるようになっていました。きれいに晴れた秋の朝、日かげに入ると鼻先が少し冷えますが、日差しはまだ夏のよう。みんなはりんごの収穫に精を出しました。集めたりんごは刻んで、瓶に詰めていきます。突然、ガチャン!という音が響き、ガラスのかけらとりんごの山のそばに、みるみる薄くなっていくニンニの足が見えました。それを見たムーミンママ、何て言ったと思いますか? 少し引用してみましょう。

「あら、あれはわたしたちがいつもぶんぶんばちにやることにしてる大びんだわ」(略)「そんなら、もう野原へもっていってやらなくても、すむわ。それに、おばあさまはいつでもいってたものよ--おまえたちは、大地がなにか役にたつものをそだてることをのぞむなら、秋にはなにかプレゼントをしなくちゃいけないよってさ」
(『ムーミン谷の仲間たち』講談社刊/山室静訳より引用)

消えかかったニンニの足が、また見えてきました! さらに、ひょろひょろしたすね、茶色い服のりんかくまで、ぼんやりと現れてきたのです。

それから、ムーミン一家、とりわけムーミンママが、ニンニが顔を取り戻すためにどんなことをしたのか。なかなか顔が見えるようにならないニンニに苛立ったちびのミイが言った言葉、そしてムーミンパパのいたずら心が思わぬきっかけになること……。短く、美しいムーミン谷の秋を舞台に、心に染みる物語が描かれています。1962年に出版されたトーベ・ヤンソン初の(そしてムーミンシリーズでは唯一の)短編集、邦題は『ムーミン谷の仲間たち』ですが、原題は『目に見えない子』。つまり、9つの収録作を代表する作品といえます。評伝『トーベ・ヤンソン 仕事、愛、ムーミン』(講談社刊/ボエル・ウェスティン著/畑中麻紀、森下圭子共訳)によれば、トーベは当初、子ども向けの短編として着手したものの、描き進めるうちにどんどん大人向けのものになっていったんだとか。
挿絵についても、一見、ラフに見えますが、何度も何度も描き直して選びぬいたものを使っているのです。ニンニの顔や髪形も複数の候補があったようで、採用されなかったスケッチの一部を、全国を巡回中(次は9月28日から金沢21世紀美術館で開催)の「ムーミン展 THE ART AND THE STORY」で見ることができます(前述の評伝にも掲載されていますよ)。

作者の思いがこもったニンニのお話は、多くの読者の心を打ち、深く愛されてきました。その証拠に、ニンニが登場するのはこの短編だけですが、アニメやグッズ、アトラクションなど、さまざまに展開されています。
例えば、国連での「子どもの権利条約」採択30周年を記念したARABIA(アラビア)のマグカップにはニンニの絵が採用されています。また、ムーミンバレーパークムーミンやしきで、チリンチリンと鈴の音が聞こえてきたら、どこかにニンニが遊びに来ている合図!
ひかりTV/dTVチャンネル®で独占配信が始まった新作アニメ『ムーミン谷のなかまたち』第12話「姿の見えない子」では、独自にアレンジされた新しいニンニの物語が紡がれています。

実りの秋、食欲の秋、そして読書の秋。アニメなどの原点である、この季節にぴったりの一篇をぜひ読んでみてください。

萩原まみ