ムーミンママがエプロン姿になった理由は?【本国サイトのブログから】
ムーミンママのトレードマークといえば、黒いハンドバッグと赤白しましまのエプロン。でも、いつもエプロンをつけていたわけではないってご存知でしたか?
原作者トーベ・ヤンソンがエプロン姿のムーミンママを描き始めたのは、すでにいくつかの物語を発表した後でした。
ムーミンママがエプロンを着用するようになった理由について、詳しくご紹介しましょう。
エプロンなしのムーミンママ
最初のムーミン小説『小さなトロールと大きな洪水』や、最初のムーミン・コミックス『ムーミントロールと地球の終わり』(第14巻『ひとりぼっちのムーミン』収録)では、ムーミンママはエプロンをつけていません。ムーミンママを見分けるコツは、いざというときに役立つさまざまなものが入った黒いハンドバッグです。

エプロンのアイディアはどこから?
では、トーベ・ヤンソンはムーミンママのエプロンをどのようにして思いついたのでしょうか。それは1952年のことでした。
イギリスでは、1950年に『たのしいムーミン一家』の英語版が刊行され、続いて1951年に『ムーミン谷の彗星』が出版。ムーミンはよく知られる存在となっていました。
1952年1月、「イブニング・ニュース」や「デイリー・メール」などの大手新聞を配信していたアソシエイテッド・ニュースペーパーズ社の役員チャールズ・サットンはトーベに手紙を送り、ムーミンを漫画形式で描く意思があるかどうか尋ねたのです。それがサットンと、トーベと弟のラルスとの長年にわたる綿密なやり取りの始まりでした。
サットンは新聞に連載漫画を販売する責任者で、原稿や登場人物の制作にも関わりました。1952年秋、サットンがムーミンママにエプロンを着せてムーミントロールとムーミンパパと区別するのはどうだろうか?と提案したのです。その手紙の後、トーベは常にムーミンママのためにエプロンを描くようになりました。

1954年9月20日、当時、1200万部という世界最大部数の夕刊紙「イブニング・ニュース」で、ムーミン・コミックスの連載が始まりました。
翻訳/萩原まみ