(133)ムーミンマグで大わらわ

ムーミンの挿絵を彷彿とさせる群島ペッリンゲ。今回のマグの色もこの地域の夕暮れ時を思わせます。

今年フィンランドではトーベ・ヤンソンの誕生日でもあるムーミンの日を記念して、一日限りの特別なマグが販売されることになった。コレクターも多いアラビアのムーミンマグ。そのデザインが6月に発表され、私は「ペッリンゲ!」と叫んでしまった。

その柄はトーベが子供の頃から晩年まで夏を過ごした群島ペッリンゲの風景そのものだったのだ。地元の人なら、その島がどこか分かる。そこは、私がはじめてペッリンゲに行ったときに、最初に連れて行ってもらった島だった。

その島に暮らすおじいさんを訪ねて、おじいさんのお兄さんと二人、私たちは頼まれていたひき肉とおじいさん宛に届いていた郵便物を持って島へ向かった。孫が二人、7歳と5歳の男の子たちは腕白そのもので、島じゅうを駆けずり回って遊んでいた。

ところが突然、弟のほうがお母さんを思い出した。ボートで買い物に出かけたお母さんがなかなか帰ってこないのだ。小高い岩の上にしゃがみ、じっと海の向こうを眺めていた。

ほどなくして、モーターを操りながらお母さんが颯爽と戻ってきた。かつて『少女ソフィアの夏』に描かれていた少女は、元気な男の子ふたりの頼もしいお母さんになっていた。

もう20年以上前の出来事だけれど、マグの柄を見て、すぐにその岩がどんな岩か思い出し、私は無性にこのマグを欲しいと思った。

「並ぶか」…私は49歳だ。真夜中販売開始のマグのために並ぶというのは体力的にどうなのかとも思った。でも並ぶからには、やっぱり1時間くらいは前に行っておこうか。実はムーミンの日の前日、私はペッリンゲにいた。一日森を歩いたりしたあとでのことで、どうなることやらと思ったけれども販売開始の一時間半前に現場に到着すると、すでに長蛇の列ができていた。あまりの行列にフィンランドのメディアが続々と中継を始めるほどで、私が到着したころには、お祭り気分が最高潮という感じだった。

ムーミンの日限定のマグを求め、特設売り場となっていたメイン会場の行列は、販売開始の11時間前から始まっていたのだそうだ。驚いたことに、老若男女が列を作っている。私の前にいた女の子たちは、子供の頃から親の影響でムーミンマグのある暮らしをしていた。自分のために、そしてお母さんへのプレゼントに買いますなんていう話だった。男性の中には妻に頼まれてという人もいる。

ムーミントロールが登場して盛り上がりは一層高揚していく。早く、早く、早く手にいれたい!そんな気持ちもありながら、でもなんとなくその行列の中にいることもだんだん楽しくなってきて、なかなか前に進まない列に対しても、人々はのんびり構えていた。私の少し前にバギーに女の子を乗せてやってきていた女性がいた。そのほかに歩行器でやってきたおじいさんもいたのだとか。そしておじいさんも、女の子が大泣きしはじめたバギーのお母さんも、ショッピングモールの責任者がさっと彼らを優先させた。それについて良かったねえという声は聞こえるけれど、非難する声は聞こえてこなかった。

結局3時間以上並んで、私はマグを手にいれた。その時は朝になって、どんな騒動が待ち構えているのかも知らず、私は呑気にマグの写真をインスタグラムに投稿したりしてウキウキしていた。

朝になり、各地での販売が始まり、マグは次々と完売していると大騒ぎになった。中には次から次へと町も移動してマグを求めてさまよう人、2時間待った挙句に完売を聞かされた人。ムーミン公式サイトのオンラインショップが3分で完売とかアラビアのサイト販売開始とほぼ同時にサーバーダウンしたとか、とにかく真夜中にひと騒動あったらしく、そのため店舗での購入を決めた人が多かったようだ。私が並んだ特設売り場は8時を少し回ったところで完売したとのことだった。

私の友人は小さな町の店舗の行列につき、結局手に入れられなかったのだけれど、みんなが驚くほど落ち着いていて、完売と聞いたら「そうかあ、残念」という感じで三々五々帰っていったのだという。一方フィンランドでは、さっそくオークションで転売している人も多いようで、新聞報道によると2000ユーロ以上で売っている人もいるらしい。

今回どれくらい生産されたのか発表されていない。ただ、欲しかったのに、手にできなかった人はとても多いようだ。フィンランドでは手放しにやったー!と言いにくい感じがしないでもない。でも、毎日このマグを使いながら、かつて島の小高い岩の上でお母さんの帰りをじっと待っていた男の子のことを思い出しながら、ムーミンママとムーミントロールが一緒にいる姿を見て「ああよかったねえ」とほっとしている。とりわけ、一日を締めくくるときにこのマグを手にすると、ああ今日もいい一日だったとほっとする。

森下圭子

ムーミンの日のみ販売という特別なマグを求め、ヘルシンキの特設売り場の行列は、販売開始11時間前から始まった。行列はショッピングモールの中に留まらず、外にはみだし、そのまま長い列になっていった。
アラビアのムーミンの日限定マグ。