(186)太陽の見えない時期は【フィンランドムーミン便り】


窓辺に飾られていたサンタからのプレゼントには特別な手編みのミトンが

フィンランド最北の町では、二か月ぶりに太陽が昇った。夏は太陽が沈まないけれど、冬は太陽が出ない。陽が昇るヘルシンキだって、曇りの日が多いので、青空が思い出せないくらい太陽を見ることのない日が続く。時折どうしても耐えられなくなり、サンタの国と呼ばれるフィンランドのクリスマスを返上してでも南に旅立ってしまうことがある。そしてこの前のクリスマス、私は日本にいた。

年が明けてからフィンランドに戻ると、不在中に郵便物をチェックしてくれていた友人が、年末年始に届いたクリスマスカードや年賀状を窓辺に飾ってくれていた。そこには私の部屋にある動物の置物も添えられており、さらにはクリスマスプレゼントまで一緒に並んでいた。

「サンタクロースがあなたを探したけれど、見当たらないからって置いていったよ」とメモがあった。不意に泣いてしまったけれど、こういう優しさは、曇り続きの憂鬱な季節の中で育まれた優しさなのかもしれない。そして彼女たちの優しさから学んでいることは意外とあるなと思う。たとえば、太陽の見えない日々の中で小さな喜びを見つける前向きな感じとか。

プレゼントの中に手編みのミトンがあった。誰かは書かれていなかったけれど、救急センターで働くあの人からだと分かった。彼女は年に一度だけムーミンを編む。私のために、でも、何よりも自分が楽しむために編む。ミトンにはリトルミイとスナフキンが編みこまれている。日本ではリトルミイとスナフキンが人気なのだと言った私の話を覚えてくれていたのだ。コロナ禍が深刻だった頃はひたすらセーターを編んでいた彼女も、フィンランド全国でコロナに関する制限が完全解除になってからは、大きな菜園の手入れなど忙しく動き回るようになっていた。自分が気分転換としてちょうどよい時間を使って、彼女はたくさんのミトンを編んだ。

私はまだ太陽の見えない時期に、どうしても太陽が見たくなったり青空が恋しくなったりして南へ向かう。でもフィンランドに戻りこうしてミトンを手にすれば、暖かさだけでなく、楽しく編んでいたその気持ちまでが伝わってくる。または私の不在中に楽しそうに窓辺を飾ってくれていた友の優しさが伝わってくる。すると一向に太陽が顔を覗かせる気配のない曇り空の下でも、散歩をすれば美しいものや愉快な場面に遭遇する。改めて周囲の人たちに感謝しつつ、旅に出ても春には必ず帰ってくるスナフキンのことをふと思い出した。春はまだ先のことだけれど、刻々と変化する自然に身を委ね、空に太陽を見つけたら仕事を途中で放り出してでも外に出て、そして友だちとは、こんど何をしようかなんて楽しい計画をたくさんする。こんどはスナフキンとこんなことをしたいなとか楽しそうに考えているムーミントロールのことを思い出した。フィンランドでの暮らしは、ムーミンのお話と重なることがしばしばある。


もう10年以上続く、定番グッズのひとつは立体リフレクター

森下圭子