(178)ムーミンマグの今、ペッリンゲの今
今年のサンダンス映画祭で観客賞を受賞したフィンランド映画に、ムーミンマグが登場する。棚やキッチンの飾りではない。女子高生たちが参加したパーティーで、「そのマグって」と、子どもの頃のムーミンマグにまつわるエピソードを語るのだ。
そうか、いま高校生ということは、物心ついた頃とムーミンマグ人気が高まった時期が重なる。映画では、ちゃんと彼らが小さな頃に売っていたマグを使っていた。実は映画の中で語られるエピソードは、ひどい下ネタなのだけれど、ムーミンとの組み合わせが面白いのか、映画館では笑いが起きた。
みんながムーミンの世界観を共有しているとか、マグネタが映画のセリフに登場するとか、いまから30年前のフィンランドでは考えられなかった状況だ。
さて、トーベ・ヤンソンが夏を過ごしたペッリンゲの島々に行くには、橋の代わりに岸と岸を行き来している筏(いかだ)フェリーに乗る。橋の一片が移動しているような乗り物で、わずか数分の旅ながら、別世界に行くような気分になる。
フェリーには操縦士がいて、私がペッリンゲで時々お世話になっている大家のクリッペさんは、操縦士のひとり。そのクリッペさんが、先日珍しいお客さんをフェリーで目撃した。人の気配のない静かな夜中にやって来たのは、オオヤマネコ。お客さんというので、てっきり岸から岸へとフェリーで渡ったのかと思いきや、ペッリンゲの森からふらっと姿を現し、クリッペさんの存在に気づいてまた森へと姿を消してしまったそうだ。
そういえばクリッペさんに限らず、島の人たちで鹿やヘラジカが海を泳いでいるのを観たことがある人は少なくない。道端で無防備に昼寝しているキツネとか、ボートを興味津々で追って来るアザラシなんていうのもある。
ムーミンが生まれた頃のペッリンゲには、まだ車が走れる道路などなかったということを考えると、アスファルトの道路まである今はそうとう様子が違っているかもしれない。なのに、動物たちは相変わらず島にやって来て、人々と共存している。
そして今も、絵本の中の森やスニフの洞窟、あのお話のこの岬、このお話のバラなどなど、トーベの作品にでてくる自然がペッリンゲには残っている。
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