世界で評価された、ムーミンの最初の絵本が作られるまで

トーベ・ヤンソンは、ムーミンシリーズの絵本『それからどうなるの?』で、絵本作家として世界的に有名になりました。このムーミンの初めての絵本に新たな光を当てた、ショートドキュメンタリーが公開されています。

『それからどうなるの?』は、原書のスウェーデン語版から1年後の1953年に英語版が出版されましたが、その時すでに、大胆で型にとらわれない色彩や、ページに開けられた穴、巨大な掃除機や迷子になることなどのこわい場面をも含むスリリングな展開は、この絵本を児童書の中で唯一無二のものにしていたのでした。

このショートドキュメンタリーでは、トーベ・ヤンソンが、この傑作を生み出すまでに、物語とイラスト、穴、色彩の組み合わせ、限られた印刷の可能性をうまく組み合わせることに、いかに腐心したかを紹介しています。

この絵本は3つの色版のみで印刷されていますが、トーベはこの色の制限をむしろ活かしています。ページに穴を開け、より多くの色が見えるようにすることで、彼女はこの本を色彩あふれる絵本に変えてしまったのでした。

 

ドキュメンタリーでは、トーベ・ヤンソンの美しい原画が、作曲家でストラトヴァリウスのコントラバス奏者でもあるラウリ・ポッラの書き下ろしの音楽をバックに、新しいアニメーションとなって命を吹き込まれています。

また、アーカイブからの貴重な資料として、トーベの手描きの下書きや、小さな本の形をした試作本も紹介されています。彼女がどのようにして、現代の印刷技術なしで、このムーミンの珠玉の絵本をデザインしたのかを知ることができるでしょう。

トーベは、大きな紙を折りたたみ、本の形にして下書きを描きました。そうやって、実際本がどのように印刷されるのか、複雑な過程を計算したのでした。

トーベ・ヤンソンが編集者に宛てた手紙。1951年

トーベは、すべてが適切に作られるように、編集者に長く詳細な手紙を書いています。シルツ社の編集者のトゥーレ・スヴェードリンに宛てた手紙で、トーベは次のように書いています。「本を組み立てるとき、少しでもミスがあるとコンセプト全体が崩れてしまいます――穴がたくさんあってとても大変なのは分かっているのですけど」。

印刷所に向けて色についての注意書きを記した手描きの本の草稿。

『それからどうなるの?』は、トーベ・ヤンソンが世界的に知られるようになるきっかけであり、彼女の母国フィンランドで、ムーミンをより広く知らしめた作品だと見なされています。この絵本は、フィンランド語で最初に出版されたムーミンの本(1952年)でもあります。トーベは、フィンランドではマイノリティのスウェーデン語系フィンランド人で、彼女の本はすべて母国語のスウェーデン語で書かれていました。

トーベ・ヤンソンの評伝を手掛けたボエル・ウェスティン氏は、当時この絵本は、批評家たちに衝撃を与えたといいます。それでも、ほとんどの批評家はこの本を非常に洗練された本だと評価したのでした。

イギリスとアメリカでのリバイバル

ソート・オブ・ブックス社のナタニア・ヤンス氏によると、2001年に『それからどうなるの?』の新版の英語版が出版されたことが、イギリスとアメリカでトーベ・ヤンソン作品のリバイバルのきっかけとなったと言います。

「突然、”新しい “トーベ・ヤンソンの作品が現れ、彼女のアートワークやアイデアがいかに素晴らしく、革新的であるかを示したので、児童文学作家のフィリップ・プルマンのような著名人が、ムーミンファンとして名乗り出るきっかけを作りました。この絵本は出版された1950年代、はるかに時代を先取りしていて、穴の空いたページや、読者に問いかけながら進行するストーリーは、(2001年はもちろん)スマートフォンやアプリで本を読む現代の感覚にもマッチするものだったのです!」

この本は、年配のムーミンファンが、子どもの頃好きだったこの本のことを思い出し、口コミで熱狂的に広めたことで、大々的に宣伝されました。数十年前に出版されたハードカバーの児童書としては異例の5万部を超える売り上げを記録し、現在も根強い人気が続いていると彼女は語ります。

「でも一番大切なことは、この絵本に開けられた穴のように、新旧のムーミンファンに、新しいムーミンの復刻版や、これから発売されるトーベ・ヤンソンの新訳本を発見するための窓を開いたことなのです」