ムーミントロールとスナフキンの出会い

春は別れと出会いの季節。卒業、入学、引っ越し、入社、転勤、異動などなど、新たなスタートを切ったばかり、という方も多いのでは。
ムーミンのお話に出てくる数々の“出会い”のなかで、とりわけ印象的なのは、『ムーミン谷の彗星』(講談社刊/下村隆一訳)でムーミントロールとスニフが川下りの途中、スナフキンのテントを見つけた場面です。

その夏、赤く長いしっぽを光らせた彗星が地球に向かっていました。じゃこうねずみさんから地球がこなごなになってしまうかもしれないと聞かされたムーミントロールとスニフは不安で仕方がありません。そこで、ムーミンパパの提案で、ふたりは彗星について調べるため、いかだに乗って天文台へと向かいました。灰色の川を下って、スニフが退屈し始めた頃、川岸にあかりのついた黄色いテントが見えました。近づいてみると、テントの中からハーモニカの音が聞こえてきます。「ハロー?」
 ムーミントロールが、用心しながら声をかけました。
 ハーモニカの音がやんで、テントからムムリクがあらわれました。緑色の古びたぼうしをかぶって、パイプをくわえています。
「よう! もやいづなをこっちへ投げろよ。きみたち、コーヒーを少しいかだにのせていないか?」
スニフがはしゃいで、さけびました。
「缶にいっぱい持ってるさ!(略)ぼくはスニフ、千キロも遠くから来たんだよ。(略)この友だちは、ムーミントロール。この子のパパは、自分で家を建てたんだぜ」
「ふうん、そうかい。ぼくはスナフキンというんだ」
といって、そのムムリクはふたりをじっと見ました。彼はテントの外で小さな火をおこして、コーヒーをわかしました。
「きみは、ここにひとりだけで住んでいるの?」(略)
「ぼくは、あっちでくらしたり、こっちでくらしたりさ。今日はちょうどここにいただけで、明日はまたどこかへ行く。テントでくらすって、いいものだぜ。きみたちは、どこかへ行くとちゅうかい?」(略)
「うん、天文台へね。ぼくたち、危険な星を観測して、宇宙がほんとにまっ暗闇かどうか、調べるんだ」
(『ムーミン谷の彗星』講談社刊/下村隆一訳より引用)
そんなふうに、3人は知り合い、スナフキンは天文台への旅に同行することにしました。その道中、ムーミントロールとスナフキンは友情を深め、親友になったのです。

さて、少し長めに引用をしましたが、何かお気づきになりましたでしょうか? 実は、これ、発売されたばかりの新版の文章なんです。

日本で『ムーミン谷の彗星』が最初に出たのは、1969年のこと。1966年から順次刊行された「トーベ・ヤンソン全集」のなかの1冊でした。なんとそれからもう50年! それだけの月日が経過すれば、言葉も、人々の意識も変化します。そこで今回、今の時代に合った言い回しや表記に整えて、より読みやすくした改訂版がリリースされました。

トーベは一度出版した作品に何度も手を入れたり、同じテーマを小説とコミックスで描いたりしています。たとえば、『ムーミン谷の彗星』の場合は、1946年に『彗星追跡』というタイトルで小説を出版。1947~48年に、スウェーデン語系の新聞『ニィ・ティド』紙に、6コマ漫画「ムーミントロールと地球の終わり」として連載。1958年にはイギリスの新聞『イブニング・ニューズ』紙でも、「彗星がふってくる日」のタイトルでコミックス化。小説においても、1956年に出版社からの依頼で初期のムーミン作品に手を入れた際、『彗星を追うムーミントロール』として改訂版を出版。さらに1968年にも大幅な改訂をおこない、最終的に『ムーミン谷の彗星』(原題を直訳すると『彗星せまる』)という現在の形になったのです。

1969年刊行の『ムーミン谷の彗星』日本語版は、前年に出版された原語の最終版を元にして翻訳されており、そのことをトーベもとても喜んだ、と翻訳者の下村隆一さんは初版の解説に記しています。ですが、小説や絵本の日本語版のなかには、原語のスウェーデン語版ではなく、英語版やフィンランド語版をベースに訳されたものもあり、また、その翻訳版自体がトーベが改訂する前のバージョンを元にしているケースもあります。今回の新版では、「ムーミンを原書で読みたい」とスウェーデン語翻訳家を志し、森下圭子さんと共訳で評伝『トーベ・ヤンソン 仕事、愛、ムーミン』を手がけた畑中麻紀さんが翻訳編集を担当。トーベが最終形として出版したスウェーデン語版をもとに検証と検討を重ね、トーベの表現により忠実に、細部までこだわった改訂訳となりました。

ムーミン童話の日本版には、全集(1冊ずつでも買えます)、青い鳥文庫、文庫がありますが、今回、リニューアルされたのは全集です。訳だけでなく、挿絵もクリアなものにすべて差し替え、従来のハードカバーから、軽量でページをめくりやすいコンパクトなソフトカバーに一新されました。

新版と聞くと、慣れ親しんだ、大好きなムーミン童話が変わってしまったのでは!?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、心配ご無用。なんの違和感もなく、すんなりと物語の世界に引き込まれてしまうことは、上記の引用からもおわかりいただけるはず。従来の良さはそのまま残されていますし、ムーミンのお話そのものの魅力は、時代を経てもまったく色あせるものではありませんから。

今回はムーミントロールとスニフがスナフキンと初めて出会う場面だけを紹介しましたが、同作ではスノークのおじょうさん、スノーク、ヘムレンさん、じゃこうねずみさんなど、さまざまなおなじみのキャラクターとの出会いが描かれています。

ムーミンの小説を読んだことがない方も、何度も読み返しているという方も、この春、新版で新しい出会いをしてみませんか?

萩原まみ