(157)私のムーミン

今年の秋も来年2月の冬もムーミンワールドはお休み。この夏は入場制限をしてのオープンで規模も小さめということだった。でも一歩入れば、そこはいつものようにムーミン谷の仲間たちが待っていてくれ、一緒に遊んだり、歌や踊りを教えてくれたりした。

ムーミンの本がこの世に出て75年。その記念年にフィンランド国立博物館でムーミン展が始まった。『勇気、愛、自由!ムーミン75』、勇気も愛も自由も、トーベ・ヤンソンが大切にしたことでもあり、そしてフィンランドの人たちが大切にしていることでもある。国立博物館というと、歴史的なものが鎮座しているイメージがあるけれど、子どもたちに愛される遊び心たっぷりの芸術作品を多数手がけるアレクサンダー・ライシュタインが展示デザインを、内容を詰めたのはムーミン博士として知られるシルケ・ハッポネンだった。

ふたりはトーベ・ヤンソンの文章のもつ魅力を最大限に生かせる展示を考えた。読む時期や人により幾通りにも読める、幾層にもなっている文章のような展示にできないか。

結果として情報量は多いけれど、情報を暗記しなさいというような部分はなく、その情報量は私たち一人ひとりが大切にしているムーミンの世界に翼をつけてくれるようなものだった。それぞれの人の「私のムーミンの世界」をさらに羽ばたかせてくれるような情報。

トーベが使っていた所持品などの貴重な展示物があるものの、ムーミンの原画はひとつもなかった。ただ、原画のデータを拡大したりアニメーションにしてみたり、現在の技術で思い切り遊んで、そうすることでムーミンの世界を私たちに体感させて、私たちの想像の世界でもっともっとムーミンが生き生きとするような仕掛けがあった。

「海の部屋ではぜひ岩に腰かけてみてください。自由って無言とか静寂だったりもするのです。黙ってそこにいると、突然ものが見えだしたりして」と話してくれたのはシルケ・ハッポネン。

アレクサンダー・ライシュタインも「これが正解なんていうものはないんです」と言う。それを展示で実現させる際にトーベの文章と絵が助けてくれた。トーベの文章と絵にもこれが正解というものはない。

このご時世で時期を遅らせて始まった特別展。5か月じっくりと時間をかけて会場を作りこんでいけたのだそうだ。実際に絵本の世界を歩いてみたり、水上劇場に上がることもできれば、灯台の島の岩場に座ることもできる。かと思えば、ところどころにトーベの生きざまが感じられるような所持品に出会ったり(踊りが大好きだったトーベのダンスシューズもある)、トーベのことやムーミンについてを読み進めることもできる。遅れての開催となったけれど、その代わり来年の2月末まで展示は続く。

ある人がシルケ・ハッポネンに「ムーミンのフィンランドっぽさってどこにあるのでしょうか?」と質問した。シルケはムーミンの世界は普遍的なもので、世界のだれもが共感し感動するものだと言いながらも、敢えて言うなら自然との関わり方がフィンランドらしいと思うと答えた。すると別の人がこう付け加えた「サマーハウスとか!」、するとシルケは「そういう意味ではムーミンたちって年がら年じゅうサマーハウスで暮らしてるような生活っぷりですよね」、さらに一人がこう加えた「あと裸!」…...その場の皆が爆笑しつつも頷いていた。そ、そうか、本人たちもそう思うんだ。みんな、それぞれのムーミン観がある。そして誰かのそれをちょっと垣間見たときって、どうしてこんなに楽しいのだろう。

国立博物館の『勇気、愛、自由!ムーミン75』のサイト(英語版はタイトルの順番が勇気、自由、愛になっていますね)
https://www.kansallismuseo.fi/en/exhibitions/rohkeus-rakkaus-vapaus-muumit-75

予定より大幅に遅れて始まったフィンランド国立博物館のムーミン展『勇気、愛、自由!』は来年2月末まで。オープンして一週間、国立博物館の前には長蛇の列ができるようになっていた。

森下圭子