(146)ムーミン谷への冒険

 ダンス公演が朝の9時からと聞いて驚いていたら、そこは小さな子どもたちにも劇場に来てもらいたい、そのための作品を数多く制作しているダンスカンパニーの劇場だった。この秋、ヘルシンキの隣町ヴァンターでは『ムーミン谷の物語』というダンス公演が上演されている。新しいムーミンアニメにも登場したエピソードいくつかを55分にまとめた作品だ。

ダンス公演『Tarinoita Muumilaaksosta(ムーミン谷の物語)』より。55分の作品は、いくつかのムーミンエピソードで構成されている。photo: Matti Rajala
https://www.raatikko.fi/ohjelma/tarinoita-muumilaaksosta/


 劇場に入ったところで靴を脱ぎコートをかけ、ロビーへ進む。次々と入ってきたのは、あちこちの保育園からやってきた子どもたちだ。保育園ごとにまとまって並び、開場を待つ。みんなぺたりと床に座るのだけれど、小さい子の正座というのはなんでこんなにもかわいらしいのだろう。先生方がトイレは大丈夫かと聞く声があちこちから聞こえてきた。

子ども向け作品を発表するダンスシアターのロビーは靴を脱いで床に座ったり、のんびり開場を待つようになっている。


 これが初めての劇場体験の子も多いのだとか。保育園の子どもたちの他に、孫と一緒にとか育児休暇のお母さんが子どもたちとやって来ていた。私のような大人が一人というのは、浮くくらいに珍しいけれど、ワクワクドキドキしているのは私だって同じだ。

 暗い劇場の中で、あっという間にその世界の中に入っていく。ムーミンパパが背後に映し出されたニョロニョロ向かって叫ぶ。「君たちは、どこへ行くんだい?」……すると客席のみんなが一生懸命自分たちの保育園の名前を伝えたりしている。ティーティ=ウーの話、ニンニの話というのは、やっぱり今の時代を反映しているのだろうか。名前もない小さな生き物のこと、萎縮してしまって姿が見えなくなってしまった子。それぞれがどうやって自分を取り戻していくのか。

 初めての経験は、ドキドキする。でも、ムーミンと一緒だ。開演前の暗くて静かな瞬間、終わってからのカーテンコール、終わることのない拍手。楽しいじゃないか。

 先日、フィンランドの空港カウンターでムーミンの絵がついたカードを見つけた。ムーミンたちと一緒に冒険しようというカードで、裏には、「空港で走ってる人は何人いましたか?」とか「飛行機を何機見ましたか?」、「(犬、猫、うさぎなど)動物を見かけましたか?」、「外国語を耳にしましたか?」などとあり、これらの質問に答えながら搭乗ゲートまで行こうというものだ。空港の中も、ムーミンのように好奇心を持てば、たくさんの新しい発見や楽しいことが詰まっている。

空港でもムーミンたちと冒険。カードの裏には課題や質問があり、それに応えながら搭乗ゲートに向かう。

  新しいことを経験するのは、何が待ち受けているか分からないし、怖いかもしれない。でも、ムーミンと一緒に冒険をするような気分で歩き出した子たちの楽しそうなこと。私も次に空港を利用するときは、ムーミンたちと一緒に冒険してみようかなと思う。

森下圭子