(77)芸術家に愛される芸術家

トーベ・ヤンソンはフィンランドの画家やイラストレーターに限らず、デザイナーやミュージシャン、建築家や工芸家など、モノ作りのあらゆる分野の人たちに愛されている芸術家だなと、改めて思う。そしてムーミンに限らず、例えばとあるダンサーはドキュメンタリーで見た岩の上で風に吹かれながら踊るトーベの姿に感銘を受けたといい、生き様そのものがデザイナーだったと語るファッションデザイナー、ムーミンの自然や世界観に影響を受けたというミュージシャン。それぞれがムーミンやトーベ作品との出会いを鮮明に覚えている。そしてそのときの気分や感覚...きっとその場の匂いや音やそういうものを全てひっくるめて覚えているんだろうなあ...彼らの話を聞きながらいつもそう思う。

アウロラ小児病院の螺旋階段の壁に描かれたムーミンの絵の話をしたときのこと。フィンランドのコンテンポラリーダンスをはじめ、実験的な舞台の美術を数多く担当する有名な美術家が急に嬉しそうに話を始めた。「僕はまだ2歳と4ヶ月だったのかな。1956年の7月に妹が未熟児で生まれて、保育器の中にいるその妹にこんにちはを言いに行ってね。そのときに壁のフレスコ画を見たんだ。僕にとっての生まれて初めての芸術作品(の記憶)がこれ。なんかね、これが自分の人生にいつもあったような気がする。影響受けてるなあと思うよ」と彼が言うと、その場に居合わせた人たちも各々で自分のムーミンの思い出に戻っているようだった。私も。

フィンランドでは40代以上の人たちの多くが、「はじめて手にしたしかけ絵本」「子供の頃の印象に残っている絵本」として『それからどうなるの?』をあげる。紙の質感を覚えているデザイナー、丸い穴をとてもよく覚えている映画監督。大人になってこの本を読むたびに、冬の朝に暗い森を抜けて学校に行った不安や森の静けさなどをを思い出すという作家もいた。ムーミンやトーベ作品との思い出はとても個人的で自分だけのという思いがありながらも、その大切な思い出を他の人に語ることが楽しく、他の人の話を聞くこともたまらなく心地よい。そして、ますますムーミンが、トーベのことが好きになる。国際的に活躍するようになり嫉妬の対象になってしまい、苦しむことも多かったトーベに、今の様子を伝えられたらいいのにと思ってしまう。

森下圭子

さいきん人気のレトロ柄。これまで見たことのない昔の絵を待っているファンもフィンランドには多い。

ハンドクリームやソープのシリーズ。ボトルの底がズレない素材でできている。大人も意識したデザインの工夫から、最近では使い勝手の良さまで考慮されるようになってきた。