(127)魔法の冬とムーミンワールド

凍った海の上を散歩しながら、ムーミンワールドの水浴び小屋とムーミン屋敷を眺める

何年ぶりだろうか。凍った海の氷が十分に厚くなり、ムーミンワールドがある島の周囲に氷の道ができた。

海や湖が凍ってある程度の厚さになると、フィンランドのあちこちで、市や町が氷の上をきれいに除雪し、氷の道を作る。氷の道の脇に二本の平行な筋が雪の上にくっきりつけられていたら、それはクロスカントリースキー用のレーンだ。だけどスキーをはいて氷の道を行ってもいい。スケートでスイスイと滑っていく人、犬の散歩に氷の道を歩く人たち、ただただ歩いていく人たち。自転車で走っていく人もいる。みんなが、思い思いに氷の道を行き来する。氷の道からずいぶんと離れたところにぽつぽつと見える人影は、きっと釣りの人たちだ。氷に穴をあけ、そこから糸をたらして魚を釣り上げる。

凍った海は雪が積もり、もはや雪原のよう。そこにくっきりと氷の道が続く。こんな風景の中に静かにムーミンワールドはあった。雪原が広がる風景の向こうに続く島々のひとつがムーミンワールドだ。

冬のムーミンワールドは静か。エンマ劇場で拍手喝采でも手袋をしているのでパフパフしている。冬眠していたのに、ムーミンたちがうっかり目を覚ましてしまって、少し戸惑いながら半ば寝ぼけたまま起き上がってごそごそしているような、森も建物もそんな表情をしている。そこを歩いて少しずつムーミン屋敷に近づいていくと......。

夏も冬も、ムーミン屋敷の近くで私たちを迎えてくれるのはムーミン谷の住人たちだ。彼らを見たとたん、けだるい感じの大人まで、突然駆け出したり、きゃーきゃー叫んでしまったり、「まずはみんなで集合写真を撮りましょうね」と1分前まで言われていたことすら忘れてしまう。

ムーミンたちは不思議だ。見た瞬間に自分の奥底にいる自分が、恥ずかしいからと隠している素の自分が、何のためらいもなく噴き出す。本当はこうしたいのに、そうなれない自分が、とても素直に表にでてくる。ムーミンを触ったり、手をつないでみたり、踊ったり、ハグしたりなんてことも自然にできてしまう。

ムーミンたちも、例えばサインを頼まれたら喜んで引き受けてくれるけれど、そのポーズがなんとも不器用で愛らしい。スマートに見えるサインの仕方なんて考えていない。

知らない者同士が焚き火を囲んで座る。そこで売っているソーセージを買って焼いてもいいし、家からソーセージをもってきて焼いたり、お弁当を持ってきてもいい。みんなが一つの火を囲んで座る(だからといって、知らない者同士が仲良く話をする必要もなく、話しても話さなくてもいい)。

凍てついた世界の中で、少し眠そうに目を覚ました島にはムーミンたちと、ムーミンたちに会いにきた人たちが、なんとも自分らしく寒い冬の時間を楽しんでいた。

日本では『ムーミン谷の冬』と訳されたタイトルのフィンランド語版は『魔法の冬』という。ムーミンワールドは夏よりもキャラクターの数も歩ける範囲も少ないけれど、冬は冬の特別な楽しみがあるような気がする。ムーミンワールドは、フィンランドの学校がスキー休暇になる一週間だけ、『魔法の冬』というテーマでオープンしている。

森下圭子

氷の道。ムーミンワールドがある島は、こんな凍った海と氷の道に囲まれている