(169)真偽の分からぬ婚約者

トーベがヨーランの母に送った手作りのコラージュポストカード。パーティーのために作ってくれたスープのお礼が書かれていた。

オーランド諸島の小さな村の美術館を訪ねた。スタッフはほぼ手弁当でやってるような美術館なのだけれど、コツコツと絵を集め、それなりの数の所蔵作品もある。さらにこの美術館にはトーベ・ヤンソンのコーナーがあるのだ。

トーベのコーナーができたのは、ある人の遺品整理がきっかけだった。ヨーラン・オーケルヘルム。詳細はまだ不明なことだらけなのだけれど、それなりに商売をやっていた人のようだという。さらに彼は短い期間、トーベ・ヤンソンと婚約していたと本人が言っていたらしい。その真偽について、今は確かめる術がない。

明らかだったのは、彼の手元にトーベ・ヤンソンから贈られた『ムーミンパパの思い出』があったこと、彼の母に送られたトーベ・ヤンソンからのハガキはトーベのお手製コラージュカードだったこと、しかもハガキにはこの母とも仲が良かったことを思わせるお礼が書かれていたこと、そしてトーベ・ヤンソンが描いた絵のポスターを3種類大量に保管していたことだった。

ポスターは、ムーミンのデパート催事に合わせてグッズが作られた50年代中頃よりも前のことと推測されている(まだ特定できていない)。さらに商売の一つとして作られたようだけれども、最終的には市場にでることなく物置に保管されていたようだった。

ヨーランの死後、遺品の整理のために住居へ入った人たちは驚いた。いわゆるゴミ屋敷だったのだ。足の踏み場もない。遺品はすべて寄贈されたとはいえ、売れるものなんて一つもないんじゃないか。最初に足を踏み入れた人たちはそう思ったらしい。

とにかく何でもかんでも集めていた形跡があり、なのに片づけられない。そういえば、ヨーランがトーベに贈られた本は『ムーミンパパの思い出』。遺品を整理した人たちは、これを見つけたときに「ひょっとしてロッドユールのモデルって?」と思ったらしい。案の定と言えばいいのか、トーベから贈られたロッドユールの絵も出てきた。

物置に眠っていたポスターをどうしようか。美術館はこれを売ることにした。するとどうだろう、飛ぶように売れた。そして美術館はこれを資金にトーベ・ヤンソンの絵画を購入することができた。でもここ何年かはトーベ・ヤンソンの作品が高騰してしまい、もう自分たちの財力では手に届かない存在になったという。

オーランド諸島という地名はトーベについて語る時、あまり注目されることはなかったけれど、少し探し始めただけで、こんなエピソードに辿りつくのだ。

この夏、小さな村の美術館ではオーランドの画家たちの作品をずらりと展示する特別展を行った。そこには先々月ここで紹介した「子どもの頃、岩場で熱心に絵を描いている小柄な女性(トーベ・ヤンソン)に興味を持って話しかけ、やがて画家になった女性」の作品も飾られていた。

ヨーランがトーベに依頼して作ってもらった3種類のポスターのひとつ。

森下圭子