『ムーミン谷の彗星』のすべて その2【本国サイトのブログから】
前回に引き続き、今回も『ムーミン谷の彗星』について深堀りしていきましょう。
今回のコンテンツは以下になります。
→『ムーミン谷の彗星』から読み解く、ムーミンの基礎知識
→物語の背景:『ムーミン谷の彗星』と当時の世界
→批評家たちの反応 ― 『ムーミン谷の彗星』はどのように受け止められたか
→『ムーミン谷の彗星』から生まれた作品たち
→読書会でのトピック案
『ムーミン谷の彗星』から読み解く、ムーミンの基礎知識
『ムーミン谷の彗星』には、ムーミンの世界をもっと楽しむために知っておきたい基礎知識がいくつも詰まっています。まさにムーミン学の入門編「彗星版」といったところ。まずは、基本のポイントから見ていきましょう。
1. ムーミンは服を着ない
「さあ、泳ぐぞ」
そう言ってムーミントロールは、服を脱ぐため立ち止まることもなく、まっすぐに波打ち際に走っていきました(というのももちろん、ムーミントロールは服なんて着ないからです。ただ、寝るときだけはたまに着ることがあります)。
おもしろいことに、この一文は改訂後のスウェーデン語版では削除されています!
2. ムーミンやしきでは誰もが歓迎される
最初にじゃこうねずみがムーミンやしきにやってきて、それからスナフキン、そしてスノークのおじょうさんとスノークも一緒に洞窟に避難します。
3. ヘムルたちはたいていスカートをはいている(ただし、後の作品では制服姿のこともあります)
「そりゃたいへんだ」
ヘムルは、はいているスカートをあわててつまみました(ヘムルというのは、スカートをはいて歩くのです。どうしてなのかは、わかりませんけれど。たぶん、ズボンをはいたらどうかなど、考えたことがないのでしょうよ)。
「それで、わしはどうしたらよいんじゃ」
この引用では、ヘムルたちはいつもスカートをはいていると書かれています。でも、その後の作品には制服を着たヘムルも何人か登場するんですよ。たとえば、公園番や警察官、みなし子ホームを経営するヘムレンおばさんなどです。ヘムルたちに共通しているのは、秩序や義務を重んじ、細かいことにこだわる性質を持っていること。そして遊んだり、何もしないで過ごす楽しさはあまり理解していないところです。

4. スノークは気分によって色が変わる
スノークはムーミントロールたちに似ていますが、少し違う生きものです。主な違いは、スノークは気分によって色が変わるのに対して、ムーミントロールはいつも白いことです。
「おそろしい食肉植物のアンゴラスツーラの一種が、スノークのおじょうさんのしっぽをつかまえて、動く手でゆっくりとたぐりよせているところでした。いうまでもなく、彼女はおそろしさのあまり、紫色に変わって、死のものぐるいでわめいていました」
5. ムーミンたちが驚いたときによく口にするのは……
原語のスウェーデン語では「Vid min svans!」という言葉です。これは「わがしっぽにかけて!」というような意味で、ムーミンパパの口癖としてよく知られているんですよ。
6. スノークのおじょうさんは、見栄っ張りなだけじゃなく冒険心と勇気もある
スノークのおじょうさんはムーミントロールが大タコに捕まりそうになったのを救ってくれます。
「きみは、ぼくの命を助けてくれたよ。とってもかしこい方法で」
ムーミントロールは、スノークのおじょうさんにいいました。
「あれは、もののはずみよ。でも毎日だって、あなたを大ダコから助けてあげたいわ」

7. 木の精ってどんな生きもの?
「木の精というのは、美しい髪の小さな女の人で、幹の中に住んでいるんですが、夜には外に出てきて、葉っぱをゆすります。松や杉など葉が針のような木には、いないのがふつうです」
8.スナフキンはものを持つことに執着せず、反骨精神を持っている
『ムーミン谷の彗星』の最初の版では、スナフキンは牢屋に入れられていて、缶切りを使って穴を掘り、自力で脱獄したと書かれています。このエピソードは、後の版では割愛されました。またスナフキンは、ものそのものには価値を見出さず、新しい服よりも古い服のほうを好むことも描かれています。

物語の背景:『ムーミン谷の彗星』と当時の世界
最初のムーミン小説と同じように、この『ムーミン谷の彗星』も一部は戦争中に執筆されました。この物語には、世界の終わりを思わせるような災厄や自然の大災害が描かれているため、戦争がほのめかされているように感じられるかもしれません。
ムーミン一家と仲間たちは、彗星という自分たちの存在を脅かす危機に直面しても、驚くほどのしなやかさを見せます。彼らは実にムーミンらしいやり方で、環境の変化に適応し、柔軟性、そして困難を乗り越える力を発揮するのです――踊ったり、ケーキを焼いたり、広くて暗い宇宙のどこかに潜んでいるものに好奇心を向けたりしながら。

彗星を目前にして踊る
『ムーミン谷の彗星』には、彗星の壊滅的な脅威から身を隠すのではなく、別の方法で向き合う姿も描かれています。それは楽しむことを忘れない向き合い方です。例えばスノークのおじょうさんは、彗星が近づいてくる中でもダンスをする時間を取るべきだと言います。

トーベ・ヤンソンの評伝の作者、ボエル・ヴェスティン氏は次のように述べています。
「これは、小さな者が巨大な力に立ち向かうこと、生きる強さを持つこと、そしてそれをどうにかして乗り越えていく力について描いた物語なのです」
『ムーミン谷の彗星』は、登場人物たちが自然の力の前ではいかにちっぽけな存在であるかを示すことで、彼らの日々の葛藤とのバランスを取っています。
トーベ・ヤンソンが『ムーミン谷の彗星』を執筆していた頃の生活とは
戦争の間トーベは、色彩を失い、絵を描きたいと思えず、実際描けなくなってしまったと語っています。
トーベは、ムーミンシリーズ最初の作品『小さなトロールと大きな洪水』が出版された1945年の夏、『ムーミン谷の彗星』を執筆しました。
この年は、フィンランドとスウェーデンの間にあるオーランド諸島で夏を過ごしています。『ムーミン谷の彗星』は、1946年の春に出版が決まり、トーベは物語のテキストを書き終えたのち、挿絵を制作しました。ヴェスティン氏によると、1946年5月の2週間で、集中的に「ムーミントロール2」と呼んでいた挿絵を描き上げています。また、文章と挿絵についても、見開きページでどう見せるかレイアウトを練ったダミーをページごとに作っていました。
『ムーミン谷の彗星』は、その年の秋にはもう書店に並んでいました。そしてその頃、トーベはすでに次の作品『たのしいムーミン一家』の執筆に取りかかっていたのです。


ムーミン谷の彗星に登場する学者たち
この物語では、科学もまたひとつの役割を果たしています。例えば、おさびし山の天文台に住み、「星だけを相手にしてくらして」いる真面目な学者として描かれる天文学者たちです。
彼らは彗星がいつ衝突するかを知っています。「…八月七日の午後八時四十二分に、地球に衝突する。四秒おくれるかもしれんが」
まるで象牙の塔のような天文台の高いところにいる彼らは、その後どうなるかは何も考えていません。そしてムーミントロールが行方のわからなくなっているスノークのおじょうさんついてたずねても、まるでとりあってくれないのです。
「このごろは、うるさくてかなわん。うろちょろして、子どもじみた質問をするやつらの相手をしてる時間なんか、わしらにはないんだ。足輪だとかなんだとかいいおって」

蛾を専門に集めているヘムルと、そのいとこで切手をコレクションしている二人の収集家のヘムルは、また別のタイプの科学者を象徴しています。切手収集家のヘムルは、蛾を集めるいとこのヘムルが気に入りません。自分の興味関心だけに没頭しすぎているというのです。でも皮肉なことに、それが自分の切手に執着する姿にそっくりだということには、まったく気づいていません。
「あいつは、一つのことしか目に入らん。昆虫、昆虫、昆虫、そればっかりじゃ。足元で地球が割れても、あいつは気にもせんだろうな、きっと」
じゃこうねずみーー『ムーミン谷の彗星』の哲学者

トーベが作り上げたじゃこうねずみは、ニヒルで悲観的な性格で、まわりで起こる日々の日常のことにはほとんど関心を示しません。
じゃこうねずみは、哲学的な立場から彗星の意味を考えますが、結局すべては無意味なのだから、たいしたことではないと結論づけるのです。

じゃこうねずみが読んでいるのは、西洋文明と文化有機体の盛衰の過程を論じた、オスヴァルト・シュペングラーの『西洋の没落』(1918〜22年)です。
批評家たちの反応 ― 『ムーミン谷の彗星』はどのように受け止められたか
『ムーミン谷の彗星』は、フィンランドでも、その1年後に刊行されたスウェーデンでも、すぐに大きな商業的成功を収めたわけではありませんでした。最初は読者が少なかったものの、批評はおおむね好意的でした。『クマのプーさん』などが引き合いに出され、特に興味深いことには、子どもも大人も惹きつける本だと評されました。
出版社もこの路線を後押ししました。裏表紙の宣伝文句には、著者は非常に多才なストーリーテラーで、「幼い子どもも、大きくなった子どもも」を楽しませることができると謳われていました。

『ムーミン谷の彗星』から生まれた作品たち
演劇
『ムーミントロールと彗星』
1949年、ヘルシンキ・スウェーデン劇場にて上演
ムーミンたちを舞台に連れていこうというアイデアは、トーベ・ヤンソンの親しい友人で、かつては恋人でもあった舞台監督のヴィヴィカ・バンドラーによるものでした。
劇場側は当初、トーベのテキストは子ども向けの舞台作品には不向きだと考えていましたが、最終的にバンドラーの演出で1949年12月29日に初演が上演されました。トーベ自身も脚本だけでなく、衣装や舞台美術をデザインするなど、深く関わりました。

この劇は観客と批評家の両方から好評を博しましたが、一部からは幼い子どもには不向きだという意見もあったようです。
この『ムーミントロールと彗星』は、トーベのキャリアの新しい、そして魅力的な時代の幕開けとなりました。その後も数々の舞台作品が生み出され、大成功を収めたのです。ちなみに、ヘルシンキにあるムーミンショップの旗艦店は、このスウェーデン劇場と同じ建物に入っているんですよ。最初のムーミンの劇について詳しくは、こちらをどうぞ。

コミックス
トーベは、この彗星の物語を題材にした、2つのコミックス版を制作しています。1つは『ムーミントロールと地球の終わり(Mumintrollet och jordens undergång)』 と題されたもので、1947年から1948年にかけてフィンランドの新聞『ニィ・ティド』に掲載されました(2008年に英訳されています)。これはムーミンを題材にした最初のコミックで、原作のあらすじに忠実に沿っていますが、結末は異なっています。津波が谷を襲い、彗星を消滅させてしまうのです。また、一部のキャラクターは登場しません。トフスランとビフスランも出てきますが、ムーミン一家との冒険が本格的に描かれるのは、翌年の本の『たのしいムーミン一家』からです。
2つめのコミックス、『彗星がふってくる日』は、弟のラルス・ヤンソンが原作を担当し、トーベが作画を手がけて、1958年に発表されました。これは、ヤンソン姉弟が約20年間にわたってイギリスの夕刊紙「イブニング・ニュース」に連載していた新聞漫画の一篇です。物語の筋は大きく変更されているものの、原作の場面もいくつか残されています。このヴァージョンでは、ムーミントロール、スノークのおじょうさん、リトルミイが主な登場人物になっています。

テレビシリーズ
『ムーミン』(ポーランド語のタイトルは「Opowiadania Muminków」)は、トーベ・ヤンソンのムーミン小説やコミックス、なかでも『ムーミン谷の彗星』をもとにした、ポーランドのSe-Ma-Forスタジオ制作のストップモーションアニメシリーズです。このテレビリーズは、ドイツ、ポーランド、オーストリアの共同制作で1977年から1982年にかけて作られました。各エピソードは撮影される前に、フィンランドのトーベとラルスに脚本が送られ、彼らのチェックを受けました。当時このシリーズはドイツとポーランドで8~9分のエピソードとして放送され、全78話が制作されました。ムーミンのアニメーション作品については、こちらもどうぞ。
映画
小説『ムーミン谷の彗星』にインスパイアされたこの作品は、1992年にアニメーション映画として公開されました。デニス・リブソンがプロデュースし、フィンランド、日本、オランダの共同制作でした。この不思議な魅力を持つ作品は、世界初の長編ムーミン映画として画期的なものになりました。近年、音響と色彩をよりクリアにし、リメイク版として甦っています。
2010年には、『劇場版 ムーミン谷の彗星 パペットアニメーション』が制作されました。この映画は先ほど触れた、1977年から1982年にかけて放送されたテレビシリーズ『ムーミン』のエピソードをもとにしている、ストップモーションアニメーション映画です。綿密な修復作業と、新しく起用した声優たちによって、この作品に新たな息吹が吹き込まれました。ムーミンの大ファンであるアイスランドのアーティスト、ビョークとショーンは、この映画のために「The Comet Song」を書き下ろしています。
その他
2015年、フィンランド国立バレエ団は、『ムーミン谷の彗星』に着想を得たバレエ作品を上演しました。ムーミンたちの体型は必ずしもバレエには向いているとは言えないかもしれませんが、ムーミン谷のキャラクターたちは、クラシックバレエの要素を優雅に表現してみせたのでした。
読書会でのトピック案
『ムーミン谷の彗星』は、読書会で取り上げたり、子どもたちと話し合うのにぴったりの作品です。このリンク先の質問集(※英語)はプリント可能です。お気に入りの場面や、この物語が教えてくれること、個性豊かな登場人物たちのことなど、話し合うきっかけを広げてくれるでしょう。焚き火のまわりや、おさびし山のような自然豊かな雰囲気の場所で、ぜひ語り合ってみてくださいね。

参考文献:
– トーベ・ヤンソン 『ムーミン谷の彗星』(下村隆一/訳 講談社)
–ボエル・ヴェスティン『トーベ・ヤンソン 人生、芸術、言葉』(畑中麻紀、森下圭子/訳 フィルムアート社)英語版: Silvester Mazzarella. London: Sort of Books 2014.
–Jansson, Tove. Comet in Moominland (original title Kometjakten 1946)。英語版:Elizabeth Portch. London: Sort of Books 2017
– Jansson, Tove. Kometjakten. Helsingfors: Söderströms 1946.
– Jansson, Tove. Mumintrollet på kometjakt. Helsingfors: Söderströms 1956.
– Jansson, Tove. Kometen kommer. Helsingfors: Förlaget 2016.
– Moomintroll and the End of the World. English translation: Peter Marten. Helsinki: Tigertext Ab/Ny Tid 2008.
翻訳/内山さつき