
(108)トーベ・ヤンソンの夏の島
島を目指す前に、参加されている皆さんにきちんと伝えておかなければいけないことがある。それは「必ず上陸できる場所ではない」ということだ。この島クルーヴハルは、沖にある小さな岩の島。桟橋を作っても嵐で流されてしまうというので、桟橋もない。風が強いとボートが島に寄せることが困難になる。下手すると波にさらわれてボートを岩にぶつけかねないのだ。これまで何度かトライしたものの一度も上陸できなくて、そういう人もいる。まるでオーロラみたい。天候に左右される繊細なものなのだ。
前日までの嵐のような風力予報は、当日になり弱まっていた。しかもクルーヴハルのあるペッリンゲという群島地域に到着したとたん、明け方まで激しく雨が降っていたことを忘れるほど青空が広がりだした。今回もボートはペッリンゲで一番の腕利きにお願いしている。日差しが強く、私たちはサングラスを取り出し、のどかな風の中、ボートは気持ちよさそうに海にでた。私たちは、クルーヴハルに上陸できると確認していた。
ところが沖にでたとたん、波が変わった。私たちは波しぶきを浴び、ボートは波を越えるたびにドスンドスンと上下した。そしてボートは、いよいよクルーヴハルの岩に近づく。
あとで聞かされた話だが、この日、クルーヴハルに上陸できたのは私たちのボートだけだったのだそうだ。遅かれ早かれ、クルーヴハルに近づいていったボートは、大きな波に揺れながら舟先を返さなくてはならなかったのだそうだ。
私たちは、そんなことを知らず、上陸を喜んだ。そして喜んだのもつかの間、クルーヴハルに降り立ったものの、目の前の小屋にたどり着くには海を歩かなくてはいけないことに気付いた。
いつも普通に歩いていた岩場が、水かさが増したせいで海の中になってしまっているのだ。しかも風が強く波が大きいので、波にさらわれない方法を考えなくてはならない。岩は目に見えない藻のせいで、雨に濡れただけでもつるつるになる。海の中と化した岩はどれだけ滑るだろう…。
もう割り切るしかない。私たちは靴を脱いで裸足になって、海を歩いて岩場を渡った。
小屋にたどり着き、私たちはトーベたちが暮らした時間を想像したり、彼らのこだわりや工夫や楽しみを小屋のあちこちで見つけては嬉しくなった。帰りは…当然だけれど、また海を歩くしかない。
でもこんどは、期間中小屋に滞在して案内してくださる方が棒を用意してくれて、棒につかまりながら歩けば…と工夫してくれたのだけれど、実際のところ、棒があってもなくてもいいというか、逆に棒のせいで、変に姿勢が崩れそうになったりしてワタワタしてしまった。でも、こういう感じ、ちょっとムーミンのお話にでてきそうな冒険である。
「トーベはまだクルーヴハルにいるような気がするのです」
そう話してくれたのは、トーベとペッリンゲで交流のあった方だ。本当に、また茶目っ気たっぷりにこういう試練を…と、裸足で島を歩きながら、「ああトーベ、やっぱりいるのかも」と思ったのだった。
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森下圭子