(164)画家トーベ・ヤンソン
ヘルシンキは公共の施設をはじめほとんどの文化施設が利用できないまま4か月になる。ただそんな中で小さな映画館や私立の美術館やギャラリーは配慮や工夫をしながらオープンしている。たとえば小さな映画館には「お友達上映」というのがあって、6人上限で映画館を貸し切り、いくつかある候補の中から映画を選んで上映できる企画を続けている。選べる作品の中には『TOVE(トーベ)』もあり、まだ年が明けて間もない頃だったけれど、友人が誕生日の自分へのお祝いだからと誘ってくれ、4人でバラバラに座りながら一緒に『トーベ』を観た。離れていても、ひとつのスクリーンを一緒に見ている嬉しさは格別だった。
そしてトーベ・ヤンソン関連では、今月から小さな美術館で新しい企画展が始まった。画家としてのトーベ・ヤンソンを取り上げたもので、トーベ・ヤンソンだけでなく、トーベにゆかりのあるアーティストたち、トーベと同時代に活躍したフィンランドの画家たちの作品が展示されている。
トーベと一緒に絵画を学んだ仲間たちが、どんな作品でフィンランドの美術史に名を連ねるようになったのか。またはトーベが生きた時代にフィンランドで主流と呼ばれたスタイルの変遷はどうだったのか。トーベが時代の主流に遅れをとりながら、やがて自分の方法を確立していく様子も、展示作品を通して感じられるようになっている。
美術館は完全予約制で1時間の制限時間を設けながら上限を10人としていることもあり、オープン早々から予約がとりにくくなるほどの人気だ。久しぶりに友人とでかけて感想を語り合いながら鑑賞している人も多いようだ。
私は一人で行き、一時間という持ち時間の残りをトーベの母ハムが描いたペッリンゲの大きな地図の前で過ごした。人が少ないので誰の邪魔にもならずに、じっくり眺められる安心感。夏に過ごしたペッリンゲの、小屋からの風景を地図に照らし合わせてみると、いつも眺めていた石には名前がつけられていた。「ヤンソンの石」とある。トーベたちヤンソン一家が自分たちでそう呼び合っていたのかなと想像しながら、ムーミンの物語で登場する場所の独特な名前や、やたらと細かいところにつけられている名前とかって、こういうのが背景にあるのかもしれないなどと考える。これからは散歩しながら特定の木や曲がり角に自分で名前をつけてみようかな。ちょっと楽しそうだ。
ディドリクセン美術館のトーベ・ヤンソン展(5月30日まで)
https://www.didrichsenmuseum.fi/tovejansson?lang=en
森下圭子