(68)群島を旅する

トーベ・ヤンソンがボートを漕いではあちこちの島を巡ったという話しを読んで、さらに島巡りへの想いが強くなっていた。フィンランドは西に南にと海に囲まれているのだけれど、その沿岸部には小さな島々が並んでいる。英語で「アーキペラーゴ」、小さな島々が延々と並ぶ群島とは、世界でも特徴的なのではと思う。そんな島々に次々と上陸してみるというのをいつの日かと考えていて、これがやっと実現した。私は自転車。フィンランドの人たちが一度はやってみたいという島巡りを、とくにそうできたらと願っている自転車で。残念ながらトーベのように海を気ままに漕いでゆけるボートの腕前が私にはまったくないので、そこはフェリーやケーブルフェリーにお世話になっての島巡り。

島々は驚くほどに坂が多く、そして森が深かった。ヘルシンキの街なみとは比べものにならないほどに坂が続く。小さな島々というので、つるりとした岩肌が見えるのっぺり平らなものを想像していたのだけれど、島によって表情が全然違う。そうか、ここなら谷がある。森もある。水辺には馬や牛、羊がいて、いつまでも草を食んでいて、森の中には鹿やヘラジカ、キツネなんかが本土よりも呑気な感じで生活している。ワシが最後の死に場所に選ぶような岩山の島がそこにあったり、かと思えば透き通るような大きな声で合唱するかもめたちがいて。動物たちがずっとずっと近く、そして2週間ほど旅を続けるうち、海はこれまで以上に私にとっても近しい存在になった。フィンランドの人たちがムーミンというと群島地域のことを口にするけれど、ああそういうことだったのか、と島巡りしながら妙に納得した。

島には強い風が吹きつけるのに、ときおり空はぴくりとも雲を動かさないように見えることがある。坂道を登って眺める空はうんと大きく感じられ、眩しい青空を眺めたあとに森に目をやると、森はさらに鬱蒼と深く暗く見える。自分の世界にひたって油断してたら、目と鼻の先の距離、ビクリとし同時に逃げ出す鹿と私、とか。人も動物も草花も同じような気持ちで過ごしてるような空間と時間、ふと「そりゃもう、こんなところではトロールや妖精に出くわしても当然」と本気で思う。ムーミンは、いるね。

森下圭子

小さな島でも驚くほど深い森があったりする。ベリーやきのこもふんだんにある森。

私がこんな色彩を始めてみたのは海辺ではなくトーベ・ヤンソンの一枚の水彩画だった。まさにこんな色。海辺にいるとその移ろいゆく色がつぶさに見られる。