(135)ムーミンの世界でいっぱいの病院
9月の終わりに新しい小児病院がオープンした。難病を抱える子どもたちが入院する病院なので、見学できるところではない。ただし、通常は公的なお金だけで建設されるべき施設だというのに、実際は大勢の人たちが募金やキャンペーンに積極的に参加することで大部分の費用が賄われたのだ。病院がオープンする前には何度か見学会や取材会が行われた。
病院は完成までに3年を要した。そして最初の設計図から一貫していたのは、テーマがムーミンだということ。建築家は、自己紹介の際に「建築家」とは言わず「ムーミン専門家です」というくらい、この病院はムーミン濃度が高い。
「どうしてムーミンをテーマにしたか?それはフィンランドでは誰にも馴染みの物語だということ。その世界観も素晴らしい。加えて作者のトーベ・ヤンソンが絵も描いていて、ムーミンは童話の挿絵だけでなく、コミックスや絵本などビジュアルの素材も豊富です。ここには成人(フィンランドでは18歳)になるまでの難病を抱える子どもたちがいるところです、だから」…そうだ、だから文学性もありビジュアルはクールでしかも馴染みのあるトーベ・ヤンソンのムーミンなのだ。
ムーミンに登場するおなじみのキャラクターたちは、ほとんど使われていない。それは、そういうものが「なんか嫌」と思う時期を通過する子もいるだろうから。さらに、病院ならではで、病状によっては特定の絵(たとえば蝶)に過剰な反応が出るケースがあったりするそうで、そういったことは、医者たちとの連携で考慮していった。
さらに階ごとに使われ方の特徴があるので、たとえばストレッチャーで手術室に向かう子どもがメインになる階では、壁の絵もストレッチャーに寝た状態の目線に合わせて低い。文字がまだ読めない子たちが何を目印にすればいいの?と考えられた、動線を促す床にほどこされた絵、カウンターがあるのみのオープンなナースステーションは、その天井に雲のかたちの照明が施されているのが目印になっている。海や浜辺の一階からはじまり、階を上がるごとにジャングルや森、それぞれの階にそんな名前がつけられ、テーマカラーがある。上のほうは宇宙や星だ。
お医者さんも看護師さんも子どもたちの病室に足を運ぶ。来てもらうのは、特定の検査のときのみ。広い個室には、数々の医療機器が備えられているけれども、親や家族がくつろげるソファ(ベッドにして泊ることもできる)、いつでも冷えた飲み物を出せるようにと誂えられた冷蔵庫、タブレットで家族や友達とつながったり自分で部屋のランプの色をカスタマイズできる工夫があったりと、居心地の良さを工夫している。場所によっては病室の中にも、そして病室を一歩出れば、そこここにムーミンの世界がある。でも、それは貝殻とか花とか木の実とか、魚とか星とか、自然が大好きなフィンランドの人たちにとって近しいものだ。
時に壁いっぱいに絵本の一ページが描かれていたりする。または廊下の角を曲がってふと顔をあげると、ムーミンからの一節がトーベの手書き文字を思わせる美しい字体で壁に書かれている。ひとりひとりが自分の時間にひたれるような空間づくりと工夫。入院する子どもはもちろん、ここで働く人たち、ここに通う家族たち、時にキツイと感じる日常に、ほっと自分だけのための時間や空間を作ってくれるような病院だ。
新しい小児病院の内装は、ムーミンドットコムのブログでご覧いただけます。
森下圭子