(124)ムーミン谷と十一月

『ムーミン谷の十一月』が執筆された屋根裏部屋。

10年ほど前、私がヘルシンキの小さなムーミンショップで時々店番をしていたときのこと。当時は商品のほとんどがムーミンアニメ柄だった。新商品がでるのはまれで、月に何回かの店番でも、店にあるすべての商品がすぐに把握できる感じだった。日本は当時も、たしか毎週のように新商品が登場し、公式サイトで紹介されていたように記憶している。

今ではフィンランドでもムーミンショップに足を運ぶたび、新商品がいくつも並んでいる。十一月になると冬やクリスマスに合わせたグッズが並ぶ。ジンジャークッキーのためのクッキー型、アドベントカレンダー、キャンドル、ツリーのオーナメントなどなど。

いったい何アイテムあるのだろうかと思うほどのグッズ数になっているムーミン。でも、商品はどれもムーミンの世界観を大切にしているという。言い換えれば、ムーミンという世界観があり、ムーミンらしさがはっきりしているのだ。なせか。ムーミンはグッズになる前に本ありき、文学的背景ありき、だからだ。

十一月のヘルシンキ。外は雨。空はいつもどんよりしていて、街は灰色で。日照時間は短くなるばかりのこの時期は、何もせずともぐったりしてしまう。人に会うのも億劫になる。十一月は多くのフィンランドの人にとって一番きつい時期だ。気分を変えるインテリアや読書をと思うのに、ムーミンの中から一冊と思い立っても夏をテーマに選ぶことはない。デスクの前に一枚貼るポストカードも、点々と消え入りそうな線で描かれた『ムーミン谷の十一月』を選んでしまっている。

寂しい絵を前に、それでもほっとする自分がいる。それは、この物語が最後はハッピーエンドになることを知っているからだ。自分を取り戻した人たちが、それぞれを道を歩いていく様子を、本を読んで知っているからだろう。

そういえばアラビアのムーミンマグをデザインしているトーベ・スロッテは、彼女の手がけるマグを通じて、皆に文学の世界へ戻ってもらえたらと願っていると話していた。

目の前にあるグッズから物語が広がる。目の前にあるグッズがふと語りかけてくる。キャラクターグッズの中でも珍しく文学的背景のあるムーミンならではの楽しみだ。

森下圭子

『ムーミン谷の十一月』執筆中は、毎日ペッリンゲの森を歩いたという。