(196)町を歩けば【フィンランドムーミン便り】

ニョロニョロに紛れるように入っての記念撮影もOKとのこと

今年の11月は日本に一時帰国しているため、実はヘルシンキ市内にオープンしたばかりのムーミンショップの店舗には行けていない。詳細は来月にご紹介させていただくことにして、少し前、9月の終わりにオープンしたヘルシンキ・ヴァンター空港のムーミンショップのことを。

それは空港の保安検査を抜けてまもなくのところ、市内でも人気の店が集まる一角にある。まず目に入るのは空港にセカンドハンドの店が登場したと特に話題のRelove(リラヴ)。ヘルシーなカフェメニューも多く、空港店舗も人気だ。オーガニックやナチュラル系の食品やコスメ、グッズが並ぶRuohonjuuri(ルオホンユーリ)もある。加えてフィンランドで注目のブランドを集めたセレクトショップ、最後にムーミンショップが現れたのだ。フィンランドのムーミンショップは店舗ごとにテーマがあり、ここは『ムーミン谷へのふしぎな旅』。熱気球に乗ってムーミン谷へ辿り着いたお話を思い出しながら、私じしん、仕事で日本に行くとはいえ、気ままな旅や冒険したい気持ちがむくむくと膨む。そんな楽しみな気分と、仕事のことを考えては緊張が大きくなる心に、ムーミンショップに並ぶ馴染みのキャラクターのぬいぐるみが心を落ち着かせてくれた。

店の前には大きなニョロニョロが群れていて、店の前を賑やかにする。さらにニョロニョロたちに紛れたり、並んだりして記念写真が撮れるため、仕事で出かけますといった風の人ですら、つい足を止めて写真を撮っている。

思わず足を止めたといえば、フィンランド国立美術館アテネウムの前を通りかかった時のこと。美術館の壁に大々的にトーベ・ヤンソンの自画像が出ていたのだ。時代について問いかけるような展示の宣伝で使われている。展示内容が気になって行ってみたところ、トーベの作品は宣伝に使われている一点のみだった。でも解説文は長い。トーベ・ヤンソンの業績や生きざまを言葉にすると、それは今の時代の芸術家のことのようにも読めてしまうという。それゆえ時代を問わない唯一無二の芸術家であると言うけれど、女性であること、言語や性的マイノリティーの立場は今よりもずっと生きにくい環境で、それでもその難しさを感じさせないくらいのエネルギーでトーベは生きたのだ。

日記を読めば、女学生ということで不当な扱いを受けたと憤るトーベの気持ちが綴られているし、ムーミンが児童文学に分類されているためトーベ・ヤンソンのパートナーが性的マイノリティであることが表に出ないように配慮していたと二人の元を訪ねてインタビューしたことのある記者がのちに回想している。トーベ・ヤンソンの作品を読んでいると何度となく「絶対のときは絶対だ!」と背中を押してもらい、励まされる思いになるけれど、時代を感じさせないほど、つまり時代を理由にせずに、彼女はずっと戦い続けたのだ。

戦い方にはいろいろある。女だから、または絵画でなく挿絵だろ、そんなふうに不当とも思われる処遇を受けてきたことについては、声高らかに表立って主張することはなかった。でも、平和、子供の権利、環境問題、若者の感情的孤独に対しては絵を提供したり新たに何かを作ったり、率先して苦しんでいる人たちの側に立った。トーベ・ヤンソンが戦いながら大切にしてきたことは、時代を問わず大切にされ、今では人々の精神的な支えになったりまでしている。

街を歩いていて、ムーミンのバッグを持っている人やムーミンのグッズを身につけている人を見つけては、勝手に親近感を覚えている。そういえば、やけどで病院に行った時のこと。ビクビクしている私に対して看護師さんがこう言った。「あなたと私には共通点が一つあるの。あのね、ムーミンが好きっていう」。私はムーミンのワンピースを着ていて、そこに反応してくれたのだ。緊張やびくついた気持ちはスッと消えて、やけどはトーベが夏を過ごした島の小屋で負ったことなんかを嬉々として語ってしまった。

フィンランド国立美術館アテネウム。バナーに使われているのはトーベの自画像

森下圭子