(220)ムーミン愛【フィンランドムーミン便り】
会場のミュージックホールにはムーミン音楽のコンサートのために、こんなフォトスポットも用意されていました。
日本で平成ムーミンとよばれる1990年開始のアニメシリーズ『楽しいムーミン一家』がフィンランドで始まったのは1991年9月1日のこと。これがフィンランドで大ブームとなり、ムーミンは誰もが知る存在となる。当時は子ども向けが中心だったムーミングッズは、ムーミンアニメを見て育った世代と共に対象年齢を広げていった。いま大人向けのムーミングッズが数多くあるのは、この世代の人たちがムーミン好きのまま大人になっているから。これまで何度か紹介しているけれど、この世代の人たちは今でもセリフが言えるくらい、このアニメを愛している。
そんな世代のひとりが二年前に「フィンランドで最も知られていながら、知られていない作曲家」というタイトルで、ムーミンの音楽とその作曲家に迫るユーチューブ動画を投稿した。
さらに今年にはいって、このムーミン音楽をコンサートにするという告知がでた。主催者はユーチューブ動画の投稿者と、彼が兵役中に知り合ったムーミン仲間。ユーチューブに投稿してから、彼らは着々と、自分たちの愛するムーミンアニメの音楽をオーケストラが演奏するコンサートを企画し、準備していたのだ。
2回のコンサートのチケットは10分かからず完売。急いで追加コンサートを用意したものの、そちらは2分で完売。会場はミュージックホールのコンサートホール。席は1500ほどある。ここがそんなスピードで完売するなど聞いたことがなかった。
少しずつ入ってくる情報が増え、当日は白鳥澄夫さん、日本版のナレーションや「夢の世界へ」の歌で知られる白鳥英美子さんもいらっしゃる、今回の司会はフィンランド版のナレーションを担当した方になるようだとあって、なんとかチケットを手にできた私は、当日には楽しみが緊張に変わるほどに嬉しくなっていた。
コンサートホールに足を踏み入れると客席のほうまでミストが出ているのか、うっすらと靄の中を歩いていくような感じがした。コンサートの始まりは「ムーミン谷・冬」。これはコンサートを主催した二人が、メールで白鳥さんとやりとりする中で実現した書面インタビューの質問、「ムーミンのなかで好きな曲は?」の答えだった。次に、フィンランド版では聞くことがなかったにも関わらず、多くのムーミンファンが知っていた日本版のオープニング「夢の世界へ」。白鳥英美子さんが登場し、その存在と音楽に、私たちはまさに夢の世界へと入り込んでいったようだった。気が付けば、白鳥さんが左右に揺れてとるリズムに合わせるように、私も横も前の人たちも体を揺らし、そしてほぼ同時に涙をぬぐった。
私たちは夢の世界にいた。または私たちの記憶の断片を次々と垣間見るように、ステージ後ろの大きなスクリーンには懐かしいアニメの断片が次々と登場した。曲が変わり、新たな記憶がまた蘇り、そんなことを繰り返していたときに、モランの音楽がなった。即座に笑いがおきる。私たちはそれぞれの記憶を手繰り寄せながら、でも同時にそこにいる皆でムーミンの世界を共有していた。そうか、私たちは一緒にムーミンの世界を、音楽の旅を辿ってきたのだということに気づき、夢のようだったその世界は、現実だったと気づく。コンサートはそんな風に構成されていた。
ステージの上にいる指揮者もオーケストラの人たちも、ムーミン愛と演奏する楽しさが溢れていて、それを感じるだけでも幸せな気分になった。ムーミンアニメの放送開始から30年以上たち、あの時の音楽が今もこうやって生き続いている。
全ての曲が終わると、客席の人たちは一斉に立ち上がった。スタンディングオベーションだ。そこにムーミンアニメの音楽をすべて作曲した白鳥澄夫さんと、人々を夢の世界に誘(いざな)ってくれた白鳥英美子さんも登場した。さらにシンセサイザーで作られた音楽をオーケストラ用にアレンジした二人、2年かけてこのコンサートを実現させた二人のプロデューサーも登場した。
僕たちの演奏、どうでしたか?と訊ねるオーケストラの演奏家たちは20代が多かった。そうか、ムーミンアニメは今の40歳くらいからずっと、この国の子どもたちが必ずといっていいくらいに通っていく道なのだ。白鳥さんも、皆の愛を感じていらっしゃって、それに気づいてもらえた演奏家たちは大喜びだった。オーケストラ用にアレンジされた譜面を手渡されたとき、瞬時に曲とアニメの場面が自分たちの頭の中で動き出したのだそう。
私の世代、つまりムーミンアニメで育った子どもたちの親世代は親世代で、音楽を聴きながら、かつて子どもを膝の上に座らせて一緒にアニメをみたときの感触や、子どもに落ち着いてもらいたいときはムーミンアニメを見せれば良かったことを思い出したりしていた。
ステージの上も客席も、会場全体がムーミン愛でいっぱいの優しい場所になっていて、それだけで泣きそうになってしまった。スクリーン上のムーミンアニメがそうだったように、会場にはいろんな見た目の様々な人たちがいて、年齢層もまちまちだった(夜だったので子どもをほとんど見かけなかったけれど)。そんなところにいると、世界はきっと平和になれる、そう信じられるのだった。

