ペル・ウーロフ・ヤンソン ー トーベを撮った写真家の物語

「私は数多くのトーベの写真を撮りましたが、完全にくつろいだ無防備な姉の表情をとらえることはできませんでした。このような写真はおそらくすぐれているとは言えない。あるいは、被写体の本質を表現するものとは言えないでしょう」*

トーベ・ヤンソンの写真は、そのほとんどが弟の写真家ペル・ウーロフ・ヤンソンによって撮影されたものです。けれど、彼は完全にリラックスした姉の姿を撮影することは、ついにできなかったと語っています。

ヤンソン家には、父親で彫刻家のヴィクトル・ヤンソン(呼び名はファッファン)、母親でグラフィックデザイナーのシグネ・ハンマルステン・ヤンソン(ハム)のもとに、トーベ、ペル・ウーロフ(プロッレ)、ラルス(ラッセ)の子どもたちがいました。芸術家の両親のもとで子どもたちは育ち、住まいとアトリエは常にクリエイティブな環境に包まれていました。ヤンソン家の他の人たちと同じように、ペル・ウーロフにとっても「物語を語ること」は大切なことでした。

「ペッリンゲで過ごす夏の間、トーベは絵物語を描き、それを大きな声でラッセや私に読み聞かせました。私と言えば釣りをし、ボートを漕ぎ、名声やお金をもたらすものは何も学ばなかった」**

ペル・ウーロフにとって、芸術を生み出すというプレッシャーはとても大きなものでした。姉トーベが初めてイラストを売ったのは若干14歳のとき。そして、弟ラッセが最初の本を書いたのも、ほとんど同じ歳でした。誰もがペル・ウーロフも芸術や文学を生み出すことを期待しましたが、彼は自分がどのように芸術を創造すればよいのか、長いこともがき苦しまなければならなかったのです。

1920年に生まれたペル・ウーロフは、戦争の間写真に情熱を傾け、戦後、それを主な仕事としました。芸術的な写真と並んで、彼は姉のトーベと作品、その美しいアトリエを記録しました。トーベは写真を撮られるのが苦手でしたが、1940年代の日記には、数多くの本や雑誌に使われた、弟が撮影した自身のアトリエや作品、ポートレートなどが、いかに被写体を正確にとらえているかを書き記しています。

「トーベのアトリエは、ボヘミアン風に混沌としていました。私たちは新作の絵と、いくつかのキャンバスをトーベの周りに配置しようと決めました。そうすれば、背景の明るい色に対して彼女が引き立つと思ったからです。この写真のために、トーベはキャンバスに絵を描いている振りをしました」**

ペル・ウーロフの写真は、特にムーミンの作者の歴史に関心がある人たちにとって、貴重な資料となっています。そして実は、ペル・ウーロフ自身も最初のムーミントロール誕生の際に大きな役割を果たしているのです。すでに知られているように、トーベは1930年代に離れのトイレの壁に最初のトロールを描いたのですが、それはトーベとペル・ウーロフが文章とイラストで哲学的な会話をしていたことがきっかけでした。

 

「トーベの手には完璧さがにじみ出ていて、自信に満ちていました。その手の中に、私は卓越した自己統制を見たのです。それはトーベのドローイングや肉筆にあらわれています」*

トーベを撮影するとき、ペル・ウーロフはトーベの手に、自信と自己を律する力とが表れているのを感じていました。同時に、顔と体は常に用心深く緊張していました。それはトーベがモデルとして座っているのにうんざりしていたからでしょうか? それともペル・ウーロフがいつもトーベの中に感じていた、内なる緊張のためでしょうか?

ペル・ウーロフは、トーベの写真を数多く撮影したにもかかわらず、この著名な姉が完全にくつろぎ、無防備にしていた姿をとらえることはできなかったと感じています。

「私はトーベの存在の印象と、私たちの共通の遊びを撮りたかったんです。けれど、決定的な瞬間、トーベの泳ぎは完全に泡の中に隠れてしまっていました」*

子ども時代、ペッリンゲの群島地方で過ごした夏の休暇で、トーベとペル・ウーロフはターザンごっこに夢中になりました。大人になってからも、二人は島の一番沖合にある、水の中のなめらかな岩たちに魅せられていました。

彼らはよく嵐の前になるとそこを泳いで、波がその岩に当たって砕けるのを楽しみました。一度、ペル・ウーロフはトーベを後ろから撮影しようと試みたことがあります。それはトーベの肖像としてではなく、海辺での幸せな夏の象徴のような作品を撮りたいと考えていたからです。トーベが岩の上に座ろうとすると、波が何度も何度もトーベの上ではじけました。

「波の写真は、私の壁にかけてあるトーベの絵に似ています」**

Photo: Per Olov Jansson, 1965

Tove Jansson, 1963

トーベの絵画と、ペル・ウーロフの写真の波の表現には、共通点が見られます。二人は、波がある特定の方向に動いているわけではなく、前後に動くその動きをとらえようとしました。

ペル・ウーロフは80歳の誕生日を記念して、トーベ以外の家族の軌跡をたどる最初の写真展を開催しました。それ以前にも、彼はすでにいくつか大きな写真コンテストに入賞したことで名声を得ていました。

2000年の写真展では、彼は1943年にはすでに撮影されはじめていた最初の写真とともに、ペッリンゲでのより初期に撮影した写真を選びました。この展覧会で彼はまた、子ども時代の風景を振り返り、より自然の写真を撮ることに回帰しています。そして、さらに多様な自然と細部の光の波長や色彩を追求したのでした。

 

Photos: ©Moomin Characters™ / Tove Jansson estate

* Toven matkassa 2004 (Original title Resa med Tove 2002)より引用
** Valolla piirtäjä, Per Olov Jansson 2006より引用

翻訳/内山さつき