ムーミンを知ろう

作者トーベ・ヤンソン

ムーミンの生みの親であるトーベ・ヤンソンについてご紹介します。
トーベ・ヤンソンとはどんな方だったのか..。ムーミンのルーツを探しに行きましょう。

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トーベ・ヤンソン

画家、挿絵画家、風刺漫画家、小説家、童話作家。
1945年に執筆された『小さなトロールと大きな洪水』を皮切りに「ムーミン」シリーズを発表し、世界的に高い評価を獲得。

国際アンデルセン賞をはじめ、数多くの賞を受賞した。
1914年、ヘルシンキ生まれ。2001年、86歳で死去。

生まれながらの芸術家

トーベ・ヤンソンは1914年8月9日、フィンランドのヘルシンキで生まれました。
父は彫刻家、母は画家という芸術一家で、幼いころから絵を描いたり詩や物語を作ったりと、芸術に親しんで育ちました。
家にはアトリエがあり、両親はいつも作品づくりに没頭していたといいます。父は、作品ができあがるとトーベにその作品の感想を聞きました。
また母親は、トーベがまだ文字を読むことができなかった幼いころから毎夜絵本を読んで聞かせました。そんな環境で育ったトーベもまた「わたしも芸術家になる」と考えていました。トーベが芸術家への道を進むことは、とても自然なことだったのです。
下に弟が二人いて、12歳年下の弟ラルスは後にコミック版ムーミンの共同執筆者になっています。

雑誌の挿絵でデビュー

トーベが14歳のとき雑誌の子ども欄に自作の絵と詩が掲載され、15歳では早くも雑誌の挿し絵画家としてデビューし、その後もいろいろな雑誌に絵を描いたり美術展に作品を出したりと活躍し始めますが、時には持ち込んだ作品を出版社で断られることもありました。

19歳ではじめての本が出版されましたが、ムーミンの物語が書かれるのはもう少し後のことです。『小さなトロールと大きな洪水』のもとになるお話は1939年、25歳のときに書き始められましたが、このころフィンランドではソ連による空爆が始まり、世界は暗い戦争へと入っていきました。
トーベは雑誌の表紙にヒトラーを皮肉る絵を描いて親独派ににらまれたというエピソードもあります。

クルーブ・ハル島

トーベ・ヤンソンは、幼い頃から夏をさまざまな小島で過ごしてきました。
中でもこのクルーブ・ハル島(通称ヤンソン島)は、トーベがもっとも多くの時間を過ごした島です。
この島は「ぐるりと歩いて約8分」ていどの小さな岩島で、自分達でワンルームの小屋を建て、アトリエにしました。最初にこの島に上陸したのが1964年のこと。以来30年近くの間、トーベはこの島に毎夏ボートで通い続け、ムーミンの物語を書き続けたのです。
水道も電気も電話もない不便な島ですが、トーベにとっては最高のアトリエだったのかもしれません。

ムーミンシリーズ執筆開始

第二次世界大戦が終わった1945年、ムーミンシリーズの1作目『小さなトロールと大きな洪水』が出版され、その後26年の間にシリーズは9作書かれました。
1954年からはイギリスの新聞「イブニング・ニューズ」にマンガ『ムーミントロール』の連載が始まります。トーベは6年間執筆し、あとの15年間は弟ラルスが引き継ぎ、コミックスは40カ国で出版され親しまれました。

トーベはムーミンシリーズだけでなく絵本、大人向けの小説、絵などたくさんの作品を次々に生み出し、国際アンデルセン賞をはじめとして多くの賞を受けています。
2001年6月27日、86歳でトーベは息をひきとりました。
生涯独身でしたが、周りにはいつも家族やいい友人たちがいました。恋人や家族や友人の何人かはムーミンの物語のキャラクターのモデルとなっています。

トーベ・ヤンソンとムーミンの年譜

1914年 8月9日、フィンランドの首都ヘルシンキで生まれる。
1928年 13歳のときに描いた作品が雑誌「アッラス・クレニカ」に掲載される。ペンネームは「トット」。
1929年 風刺雑誌「ガルム」に挿絵が掲載され、以降同誌の常連になる。
1930年 スウェーデンへ留学。母シグネの母校ストックホルム工芸専門学校に入学。
1933年 父ヴィクトルの母校アテネウム芸術大学入学。
1934年 水彩画「黒いムーミントロール」を描く。20歳。
1939年 ムーミンシリーズ第1作『小さなトロールと大きな洪水』執筆開始。25歳。
1943年 10月3日、初の個展を開催。
1945年 『小さなトロールと大きな洪水』出版。
1946年 ムーミンシリーズ第2作『彗星追跡』
(『ムーミン谷の彗星』)出版。
1948年 ムーミンシリーズ第3作『魔物の帽子』
(『たのしいムーミン一家』)出版。
1950年 ムーミンシリーズ第4作『ムーミンパパのお手柄』
(『ムーミンパパの思い出』)出版。
1954年 ロンドンの日刊紙「イブニング・ニュース」でマンガ『ムーミントロール』連載開始。
最初はトーベが、後に弟のラルスが執筆を担当した。
1954年 ムーミンシリーズ第5作『危険な夏祭り』
(『ムーミン谷の夏まつり』)出版。
1957年 ムーミンシリーズ第6作『トロールの冬』
(『ムーミン谷の冬』)出版。
1962年 ムーミンシリーズ第7作『目に見えない子とそのほかの物語』(『ムーミン谷の仲間たち』)出版。
これはシリーズ唯一の短編集。
1963年 フィンランド国家児童文学賞受賞。
1965年 ムーミンシリーズ第8作『パパと海』
(『ムーミンパパと海』)出版。
1966年 アンデルセン賞を作家部門で受賞。
1970年 ムーミンシリーズ最終作品『11月末に』
(『ムーミン谷の十一月』)出版。
1972年 スウェーデンアカデミー賞受賞。
1978年 オーボ・アカデミーで名誉博士号を授与。
1987年 タンペレ市立芸術図書館に「ムーミン谷」美術館創設。
1992年 ナーンタリに「ムーミンワールド」開設。
1994年 8月7日〜10日、トーベ・ヤンソン生誕80年記念の国際会議が開催される。
2001年 6月27日、ヘルシンキで死去。86歳。