(32)夏のくらし、うみうまの浜

森のなか、ひっそりと建つ小屋で寝起きしながら夏の日々が過ぎていく…そんな夏休みも、トーベの描く夏の暮らしとは様相が違ってきた。小屋に電気があるのは基本で、テレビやコンピューターを持ち込んでる人も多い。サマーハウスにだって水道やシャワー・水洗トイレがあってくれないと、という要望も増えている。湖のむこうから芝刈り機の音が聞こえてくることだってある。サマーハウスで芝刈りって、それじゃあ森に囲まれてないじゃない!……人が感じる「心地よさ」はフィンランドでもどんどん変わっている。

フィンランド公共放送の動画サイトを見ると、視聴ランキングにズラリとムーミンが並んでいる。自然に囲まれた夏ぐらしに、海や森のでてくるムーミンは馴染みもいい。ムーミンたちを見ていると、自分も「さあ冒険だ!」なんて気にさせてくれる?「森まで来てコンピューターかよ」という気持ちがないではない、顔をしかめる人たちも多いとは思うけれど、いまの時代、これはこれでいいのかもしれない。親よりもコンピューターの中で動き回るムーミンたちのほうが、自然のただ中に飛び出そう!という気持ちをうまく後押ししてくれるのかもしれない、なんて思う。

トーベの島暮らしには水道も電気もない。子供の頃からそれが当たり前の夏の楽しみ方だった。雨の日や室内で遊ぶときはママが手伝ってくれて、弟たちと紙と鉛筆だけでできる「言葉探しゲーム」なんてのをやった。弟たちに話を作って読み聞かせるのも楽しかった。森はママが教えてくれて、海はパパだったかな。パパはすっごいはりきって皆を連れ出し(ちょっと強引なくらいに)、パパのリーダーシップの下で釣りをしたり。一人になる時間もたくさんあった。ひとりボートで海にでる、海を泳ぐ、森を歩く、小さな洞窟での一人遊びもお気に入りだった。一家総出で海のなかにぽつんと顔をだす岩場まで行き、岩に並べた家じゅうのカーペットを一緒にゴシゴシたわしで洗ったりなんて時間は、夏の特別な一大イベントだったんじゃないかと思う。

トーベが子供のころ、ヤンソン一家が夏を過ごしたペッリンゲには酪農を営んでいる人たちがあちこちにいた。牛乳をもらいにいくのは子供たちの役割。一家で飲む牛乳だからけっこう重い。とうぜん時間もかかる。その帰り道に見るのが馬たちだった。いまでは背の高い葦が茂る海辺はもともと砂の広がる浜だったのだそうだ。そしてそこには気持ちよさそうに夏を謳歌する馬がいたという。浜に放してもらって自由きままの近所の馬たち。そうか、「うみうま」ってここにいたんだ。重い牛乳を抱えながらよろよろ歩く自分の目に映る馬の姿は、また特別に軽快で美しく見えそうだ。

トーベ自身の夏の思い出、人々が懐かしむ「古き良きフィンランドの夏の風景、夏のくらし」が、ムーミンの世界にはたくさんちりばめられている。

森下圭子

 

フィンランドのムーミングッズ業界、今年のイチオシがエドワード?で、こちらは小さなドラゴン。ムーミングッズのコレクターも増え、これからはレアなキャラクターの登場も増えるのでしょうか。

来年のカレンダーはカラーと白黒の2タイプ。白黒版の絵はすべて『ムーミンパパ海へ行く』から。