(120)トーベ・ヤンソンの世界の人たち

今やカメラに向かって微笑むほどにまでなってくれた鳥博士のグッセさん。

『ムーミンパパ海へいく』の舞台となった灯台の島は、ソーダーシャールがモデルと言われている。本に登場するのは灯台守がおらず、その代わりに人との関わりを避けるように暮らす漁師がいる島だ。いまソーダーシャールにはグッセがいる。彼は灯台のある島から吊り橋を渡った先にある岩礁の簡素な小屋に暮らす。

もう何年前になるだろう。はじめてムーミンツアーで行ったときのこと。灯台の島にいたはずのグッセは、日本人のグループを見た瞬間に踵を返して自分の小屋へ戻った。まるで隠れるように、だ。

それから毎年、グッセは私たちが島へいくと必ずいた。やがてグッセは鳥の生態を調べるためにここにいるのだということを知った。

グッセは、少しずつ私たちとの距離を縮めていった。最初は隠れるようにしていたのに、彼は私たちがいても自分の小屋へ戻ることもなくなり、気がつけば、彼が私たちに鳥のことを教えてくれるようにまでなった。

そして今年。私たちが灯台の説明を受けていたときのことだ。灯台の前に立って話を聞くムーミンツアーのグループの中に、グッセはさりげなく紛れ込んでいた。通訳していて、ぱっと見たら突然そこにいたのだ。この人はつくづく、どこかトロールのようなところがあると思う。

今年のグッセは積極的に私たちを案内してくれた。通常は入れないところも、グッセは鳥のことがわかるから「大丈夫、任せなさい」と言わんばかりに私たちを連れていってくれた。さらには「次のグループはいつ来るの?」とまできいてくるほどだ。このツアーは夏に一回だけなのと答えたら、とても残念そうにしていた。

漁師かと思っていたら、実は灯台守だった。そして最後にはムーミン一家と一緒にお祝いする本の中の彼の様子を思い出しながら、改めてグッセを重ね合わせている。

グッセはお金をもらって研究しているのではない。好きで鳥の生態を研究している。けれども南フィンランドの鳥の生態は、彼がいなかったら把握できなかったろうと国の役人はいう。鳥を守るために、彼は時に島にやってくる人々に牙をむく。人を追い払うことは厭わない。トロールなだけじゃない。この人はムーミンにでてきそうだ。

でてきそうなだけでなく、自分がトーベ・ヤンソンの短編集でモデルになった人たちもいる。とくにトーベをはじめヤンソン家の人たちが昔からペッリンゲの群島でお世話になっているグスタフションさんの一家だ。ときどきトーベの夏の島クルーヴハルへ行くときにボートを出してくれるカイが「ああ、私がモデルだって分かるのもありましたよ」という。あるひと夏の出来事を元にした『夏の子ども』。都会からやってきた男の子に、夏の毎日を煩わされる男の子トムがそれ。

フィンランドにいると多かれ少なかれムーミン谷の仲間たちみたいだなと感じる場面はよくあるのだけれど、トーベに縁のある場所では、ときどきこうして物語からそのまま飛び出してきたような強烈な人たちに出会える。

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お知らせ
6月にオープンしたムーミン美術館。トーベ・ヤンソンの誕生日でもある8月9日にはグランドオープン・ガラコンサートが。またこの日には企画展もオープンします。詳細はこちらから。

森下圭子

『夏の子ども』に登場する船のモデルはこのアルベルティーナ。操縦するのはトムのモデルのカイさん。