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森下圭子のフィンランドムーミン便り

フィンランドの首都ヘルシンキにあるムーミンショップ。パートタイムでそこで働いていた森下圭子さんがフィンランドのムーミン情報、さらにそれにまつわる楽しい出来事を綴ります。森下さんは、ムーミンが大好きでフィンランドに渡り、作者トーベ・ヤンソンに最も近いところでムーミンを研究してきた方。ムーミンのことだけでなく、絵本の翻訳や映画「かもめ食堂」のアソシエイトプロデューサーなど幅広く活躍中です。

クルーヴハルの暮らしに欠かせなかったヴィクトリア号。

フィンランドは今が夏休みのシーズン。会社勤めの人たちも、4週間ほどの夏休みでゆっくりしているところだ。SNSはおとなしくなり、投稿も森や湖、海からの写真が続く。そして夏になって一気に賑わいだしたのがペッリンゲでのトーベ・ヤンソン関連イベントだ。


アテネウム美術館のトーベ・ヤンソン展で展示されているヘルシンキを題材にした作品に夏の景色はない。夏のヘルシンキをトーベは知らないのだ。夏といえばペッリンゲ。ヘルシンキから東に80kmのこの群島地域でトーベは夏の日々を過ごした。

ペッリンゲは「みんなでトーベのお祝いをしよう!」と盛り上がっている。トーベの思い出を皆で分かち合おうと人々が集まる。まずは夏の青空市場だ。野菜や魚と一緒にトーベ・ヤンソンの本も並ぶ。トーベと親しかった方々の話を一緒に聞くというイベントもあった。さらにフィンランドの夏の風物詩、地元の人たちが劇場を建てるところからすべて手作りでやるサマーシアターもトーベ・ヤンソンをテーマにした。サマーシアターというのは当日券でも十分なものなのだけれど、この芝居だけは違った。チケットの予約開始と同時に次々とソールドアウトが続き、本番の8月を控え、すでに全公演がソールドアウトになっている。

地元の人たち、トーベと関わりのあった島の人たちには、長らく「トーベとの思い出を語るのは、大切な友人を売ってしまうようで」という葛藤があったのだろう。でもこのお祝いの年に多くの方に聞いてもらい、トーベの思い出を分かち合い、そしてトーベ・ヤンソンのペッリンゲでの暮らしを次の世代へと語り継ごうと思い至ってくれたように思う。ペッリンゲにサマーハウスのある人たちは、トーベの英語の本を買う。外国からきたお客さんにトーベ・ヤンソンのことをもっと知ってもらいたいからなのだそうだ。

トーベが暮らした島、クルーヴハルの一般公開はひっきりなしに人がやってくる賑わい。そしてこの群島の人々の暮らしとトーベ・ヤンソンの作品、そしてトーベ・ヤンソンを紹介する展示が近くの町ポルヴォーで始まった。ここにはトーベが愛用したボート「ヴィクトリア号」も展示されている。『トーベとアーキペラゴ(群島)展』(外国語サイト)と題されたこの展示のオープニングには、ペッリンゲの人たちが大勢駆けつけた。みんな懐かしそうにヴィクトリア号を取り囲み、次々とヴィクトリア号の思い出やトーベの思い出を語っていた。

さらにこの夏は近郊の町ロヴィーサでもトーベ・ヤンソンのお祝いをしよう!と個人所蔵のものを中心にトーベ・ヤンソンの多才な面がうかがえる展示も行われている。
<ロヴィーサのトーベ100>(外国語サイト)

森下圭子


kesatori.jpg.jpg 生前のトーベと親しかった方々が思い出を語ってくれました。

投稿者:HPスタッフ

大掛かりな工事を始めた今年のクルーヴハル。ここには白鳥やガチョウ、そして数えきれないほどのかもめたちが、産卵のために島にいる。


夏を前にムーミンの世界も大忙し。6月にはムーミンワールドがオープンになる。7月にはヘルシンキから東へ1時間ほどの町、ポルヴォーでトーベ・ヤンソンとアーキペラゴ(群島)展が始まる。トーベ・ヤンソンがパートナーのトゥーティと2人で愛用していたボートも展示されるという。このボートは、トーベの幼馴染アルベルト・グスタフションの手によるものだ。8月には同じ町で今年94歳になるトーベの弟、ペールウロフ・ヤンソンの写真展も予定されている。

今年はとくにトーベ・ヤンソンの生誕100年ということで、トーベの足跡を求める人たちも多い。今年は特別にと、トーベ・ヤンソンが夏を過ごしたクルーヴハル島の一般公開が2週間ある。この数年にわたって、島の小屋は毎年大掛かりな工事を余儀なくされていた。今年はいつも以上に人の出入りがあるだろうと予測されるため、大きな工事が続いている。桟橋を新しくし、窓ガラスをすべて替え、サウナのストーブも交換される。トーベのいた頃のままであって欲しいと願う人は多いと思うけれど、嵐にさらされる小さな島の小屋は、思いのほか毎年のダメージが激しい。たとえば外のトイレは何度となく嵐にさらわれているのだ。海水を繰り返しかぶった小屋は、傷みも早い。長年雨漏りに悩まされていた屋根は、ムーミンキャラクターズ社の援助によって数年前に張り替えた。それ以外にも雨戸をはじめ、外側は毎年何らかの形で手をいれているのだ。

電気も水道もないところでの大工工事はなかなか大変そうだ。おまけに建材も大工さんもボートにのってやってくる。でも、そんな大仕事を楽しそうに語り、一緒に小屋をたてていたトーベ・ヤンソンの話を思い出す。

トーベ・ヤンソンの面影を追いたかったのにピッカピカの建物を見ると、少々興ざめすることもあるかもしれない。でも、トーベが愛した自然を、空間をたっぷり味わってもらうために、地元の人たちは島の小屋を支え続けている。トーベとトゥーティがいたら、きっとそうしたように、何度でも建て直し、何度でも修復する。新しい橋をながめていると、ぱっとは想像できない秋の嵐や氷の海に閉ざされたこの小屋のことに思いを巡らす。小屋が部分的にピカピカになっても、春になって相変わらず、この島には鳥たちが産卵のためにやってきた。

森下圭子

hiekkamuumi.jpg7月にトーベ・ヤンソンとアーキペラゴ(群島)展が行われるポルヴォーのアートファクトリーの駐車場では一足早くこんな展示が。砂のムーミンたち。反対側にはミイ、モラン、スニフがいる。

投稿者:HPスタッフ

使うひとのひと工夫で、こんなに楽しいムーミン遊び。こうすれば、マグネットも立体的に飾ることができる。

トーベ・ヤンソン生誕100年も4ヶ月、トーベ・ヤンソンのお祭りは、ところどころで予想だにしなかった事態を招いた。アラビアの記念マグは6個に1個の眼鏡つきを巡って店頭で喧嘩乱闘になったのは有名な話。さらにファッツェル本店だけで限定販売された記念トレイは2ヶ月しないうちに完売してしまい、次の入荷が今か今かと待たれている。メディアでのお祭り騒ぎはいったん静かになった気はするものの、日々の暮らしでは相変わらずお祭りが続いている。地方の自治体なども何かやろうと工夫を凝らし、図書館のあちこちでムーミンの読み聞かせがあったり、毎週のように大小のイベントが全国各地で行われているようだ。

そんなもろもろの中心にあるのがアテネウム美術館のトーベ・ヤンソン展。バスをチャーターしてやってくるグループなど、全国各地から大勢の人たちがやって来ている。フィンランド芸術史で黄金時代と呼ばれる時代を牽引した画家アクセリ・ガッレン=カッレラ展よりもずっと早いペースで、アテネウム美術館の特別展としては、ピカソに並ぶ勢いの人気なのだそうだ。

日々の糧を得るためにポストカードを描いていた時代。フィンランドでは戦時中、貨幣の価値が不安定だからと絵画に投資する人たちが多かった。そのとき描かれた「売るため」の絵画作品を見れば、トーベ・ヤンソンだけでなく、フィンランドが当時どんな絵を好んでいたのかも伺える。一方で世間に先駆けムーミンを使って環境問題に訴えかける70年代があったり。トーベ・ヤンソンを通してフィンランドの歴史や文化的背景が浮き出てくるのも面白い。鑑賞している人たちの話も、この時自分はどうしていたかという話をしている人、当時のフィンランドについて語る人もいて面白い。

グッズも昔の商品が復刻版で登場するようになると、改めて昔のことを思い出す人たちが自分のムーミン体験を語ってくれるようになった。小児病院の階段をぐるり上がりながら眺めた壁に描かれたムーミンたち...病気の子供として、病気の子供をつれる母として絵に励まされた経験を語ってくれる人たち。子供部屋の壁紙、しかけ絵本が楽しすぎてページの穴を破ってしまったこと、婚約したときに義理のおばあさんがくれた手作りのミイ人形。ああもっともっといろんな人たちの話を聞いていたいと思う。

森下圭子

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アテネウム美術館のトーベ・ヤンソン展には自由に仮装して撮影できるコーナーも。
5月3日には視聴覚室にてこトーベ・ヤンソン展についての30分ほどの日本語紹介もあるとか(7月に2回、8月には3回予定)。詳しくはこちらをご覧ください。

投稿者:HPスタッフ