ムーミンの最初の物語『小さなトロールと大きな洪水』における戦争の影


トーベ・ヤンソンの最初のムーミンの物語は、どれくらい戦争の影響を受けているのでしょう? そして、ムーミンママが大事にしているハンドバッグのことや、家族とは必ずしも親戚だけとは限らないというムーミンたちの家族の在り方について、私たちにどんなことを教えてくれるでしょうか? 『小さなトロールと大きな洪水』について解説したこの動画では、これらの疑問や、その他の問いにも答えています。トーベの姪ソフィア・ヤンソンが小説の一節を朗読し、トーベ・ヤンソン研究の第一人者のボエル・ウェスティン教授が物語の背景を解き明かしています。

「トーベ・ヤンソンは1940年代の冬戦争のさなかにこの本を書きました。そこには家を失ったものたちと、壊滅の危機が描かれています。災害、大洪水、家を失って難を逃れる者たちは、トーベがいかに戦争の影響を受けていたかを表しています。しかし、物語はハッピーエンドを迎えます。これは何と言っても、子どもの本ですからね」と、ムーミンとトーベ・ヤンソンに関する最も著名な専門家の一人であり、トーベの伝記を著したボエル・ウェスティン教授は述べています。

トーベは、日記に、第二次世界大戦の重苦しく恐ろしい現実とは異なる、幸せな社会―別の世界―を作ることを夢見ていたと書いています。「ムーミンの世界は、その夢を実現したものと言えるのかもしれません」。

災害というテーマは、この最初のムーミンの物語にすでに現れています。大洪水がムーミントロールたちの存在を脅かし、登場人物たちは自然の力に比して、非常に小さなものとして描かれています。「トーベにとって災害というテーマは、その後に続く本の多くで重要なものとなりました。ここでは大洪水ですが、後には彗星や火山が描かれます。これは、トーベがよく物語を構築する際に用いた語り口です」。

トーベにとって、自然の力への敬意は、嵐やその他の危険な現象に陶酔し、惹かれることと混ざり合っているものでした。それは彼女が子どもの頃から持っていた傾向であり、父親で彫刻家のヴィクトル・ヤンソンから受け継いだものでもあります。この感覚は、彼女の大人向けの小説、例えば、自伝『彫刻家の娘』の中の短編「高潮」の中にも描かれています。語り手が「あれはわたしたちが体験した最高に素敵な嵐だった」と書くように、大嵐は、家族に影響を及ぼしている父親の不機嫌さと憂鬱さから、彼を目覚めさせるために必要なものだったのです。

 

 

『小さなトロールと大きな洪水』の冒頭では、ムーミントロールとムーミンママは新しい家を探し求めていて、行方不明になっている一家の父親、ムーミンパパを捜しています。冒険の途中で、さまざまな生きものに出会って助けてもらったり、あるいは助けたりします。ムーミン一家は、こうした新しい出会いを歓迎しているのです。

「最初は母親のムーミンママと、その子どもムーミントロールだけです。それから、小さな生きもののスニフと出会い、スニフは家族の一員となります。これはムーミン一家特有のもので、家族というのはとても柔軟な概念なのです」とウェスティン教授は言います。この拡大していく家族という概念は、この本の中で最も重要なテーマのひとつなのかもしれません。

 

「後のムーミンの本では、ムーミンやしきで暮らしたいというお客さんのことを相談する際に、新しくベッドを作ったり、ダイニングテーブルを広げたりするだけでいいと話すシーンが出てきます。これはとてもムーミンらしい考えだと思いますね」

また、『小さなトロールと大きな洪水』は、読者にムーミントロールの伝承を―とりわけ、彼らがタイルストーブの後ろに人間と共存していたという事実を示しています。それはセントラルヒーティングが作られる前の時代のことです。この古い習慣は、ムーミンたちが塔のような建物に住むことに惹かれる、という性質にも表れています。

ムーミン一家がどのようにしてムーミン谷に辿り着くのか、ムーミンママのハンドバッグは、冒険の中でどんな重要な役割を果たすのかも、その中身と一緒に知ることができます。この本は、後のムーミン小説のための礎を築いたにもかかわらず、実際のムーミンシリーズの一部として見なされてはいません。物語は、登場人物の描写と語りの両方において、後の8冊の本とはかなり異なっています。

「これは、おとぎ話として書かれた物語なんです。子ども向けの古典をたくさん参考にしています。トーベの文学的な言葉は、まだ発達していないのです。でも同時に、魅力的な物語でもあります。この先にも続きの物語があることを知っていると、この本を読んで、後に続く出来事の鍵を手に入れることができるのです。だから、ベストではないけれど、とても重要な本だと言えるでしょう。私はムーミンの世界の基盤のようなものだと思っているんですよ」。

翻訳/内山さつき