なんでもこなすムーミンママ


3月8日は国際女性デー。日本ではまだそれほど馴染みがありませんが、公的な祝日としている国もあり、世界各地で式典が行われたり、花や贈り物を交換して祝ったりします。
そのきっかけとなったのは1904年、ニューヨークで起きた婦人参政権を要求するデモ。1975年、国連によって国際女性デー(International Women’s Day)と定められました。

ムーミンの作者トーベ・ヤンソン1914 - 2001)は、当時は今よりももっと窮屈だった女性という枠にとらわれることなく生き、創作に打ち込みました。製作中の映画『TOVE』が公開されれば、その勇気ある生き方がより広く知られるようになるかもしれません。
トーベの母、シグネ・ハンマルステン・ヤンソン(1882-1970)も挿絵や風刺画、切手の絵とデザインを数多く手がけたグラフィックアーティストでした。彼女は結婚前、故郷のスウェーデンで教師をしていたとき、同僚の女性たちと共にガールスカウトを創設。評伝『トーベ・ヤンソン 仕事、愛、ムーミン』によれば、後年、自分のことを「婦人参政権論者」と名乗っていたそうです。

トーベは母が家計を支えるために懸命に働き、家事や育児と仕事を両立させる姿を見て育ちました。母娘はとても密接な関係だったと言われています。そして、そんな母をモデルにトーベが生み出したのが、ムーミン・シリーズ全体を通してとても重要な存在であるムーミンママ。働き者で家族思い、周囲のために尽くす一方、自分の意志を持って行動する芯の強い女性です。今回はそんなムーミンママの多才ぶりが伝わる場面をいくつかご紹介しましょう。『ムーミン谷の夏まつり』はムーミンママが玄関の階段に腰かけて、小さな木の皮の船をこしらえる場面から始まります。手先が器用で手仕事が大好きなムーミンママは毎年、船を作って、いちばん好きな人にプレゼント。でも、もらえなかった他の人が悲しまないよう、誰にあげたのかはわからないようにしてしまうんですって。
この場面はTVアニメ『ムーミン谷のなかまたち』第4話「エンマの劇場」でも描かれていましたね。

『ムーミン谷の冬』で冬眠から目を覚ましてしまったムーミントロールは、真っ先にママのベッドに行って、そうっと耳を引っぱります。しかし、ママはまったく起きる気配がありません。「ママでさえ目を覚まさないとすれば、ほかの連中は、やってみるだけむだだな」(『ムーミン谷の冬』講談社刊/山室静訳/畑中麻紀翻訳編集より引用)と、ムーミントロールは腹をくくり、自力で冬に立ち向かいます。
春が近づいたとき、風邪をひいてしまったムーミントロールがくしゃみをすると、それまで大勢の客が詰めかけても、目覚まし時計がなっても眠り続けていたムーミンママはぱっと覚醒。息子のために温かい風邪薬を作ったのです。短編集『ムーミン谷の仲間たち』収録の「目に見えない子」は、ムーミンママの優しさと思いやりが伝わる一作。姿が見えなくなったニンニのためにママは薬を煎じ、ワンピースやリボンを縫ってあげます。そんなママへの思いが、ニンニが顔を取り戻すきっかけとなるのです。

『ムーミンパパ海へいく』では、ムーミンママはムーミンパパのわがままに振りまわされる形で、あまり気の進まないまま灯台の島へ。島に到着したママはいつものようにみんなの世話を焼くこともなく、大切なハンドバッグを砂の上に置きっぱなしにして眠ってしまいます。新しい場所で、ママも大きく変わろうとしていました。
島での暮らしが始まると、家族のために限られた食料をやりくりしたり、奮闘するパパを励ましたり、少しずつ大人になっていく息子に目配りをしたりと、従来の母として妻としての役割を果たしつつも、自分自身が本当にやりたいことにも目を向けるようになります。大好きな庭を作るため、土の代わりにする湿った重い海草だって、自分の力で運びました。ママが島中の木々を拾って、のこぎりで挽き、たきぎ集めを始めたとき、パパは驚いてその仕事を引き受けようとしました。するとママは怒って、それは自分の仕事であり、「わたしだって遊びたい」と主張したのです。
ママが特に熱中したのは、壁に絵を描くことでした。このときも、ちびのミイが自分も描きたいと言い出すと、「これはわたしの壁なんだから」とやんわり拒絶。ママ の絵はとてもきれいで、まるで本物のムーミン谷のようでした。

コミックスにも、ママが活躍するエピソードはたくさんあります。
「おさびし島のご先祖さま」(第11巻『魔法のカエルとおとぎの国』では無人島でイノシシを倒して調理したり、「ムーミンママの小さなひみつ」第2巻『あこがれの遠い土地』収録)ではドロボー協会に加入することになったり。第12巻『ふしぎなごっこ遊び』では、実は家事がそんなに好きなわけではないという意外な一面が描かれています。
第6巻「おかしなお客さん」で、いたずら好きのクリップダッスが入った小包が届いてしまったときは、クリップダッスを背負って傘で雪を掘り進みながら、彼の面倒を見てくれるところを探しに行きました。

理想の母親として語られることの多いムーミンママですが、どんな困難にも立ち向かい、なんでもこなしてしまうその姿はまさにスーパーウーマン! そういえば、フィンランド史上最年少の首相としてサンナ・マリン氏が注目を集めていますが、2000年から12年間、フィンランド初の女性大統領を務めたタルヤ・ハロネン氏のあだ名は“ムーミンママ”でしたっけ。

萩原まみ